ことし7月の新たな紙幣の発行にあわせて券売機などの設備を更新する企業の中にはキャッシュレス決済だけの対応に切り替える動きも出ています。
東京 大手町にある客席が20あまりのラーメン店は10年前から営業を続けていて近くのオフィス街で働く会社員や外国人観光客を中心に1日あたり200人以上が利用します。
店によりますと外国人観光客の増加などを理由に売り上げは増加する傾向にあるといいます。
この店では現金とキャッシュレス決済に対応した券売機を設置していましたが、新たな紙幣の発行にあわせて券売機を買い替える必要があったため去年10月にキャッシュレス決済だけに対応するものに切り替えました。
券売機の購入費用はおよそ200万円で現金にも対応できるものと比べて50万円ほど安いということです。
キャッシュレス決済だけにした理由には人件費の削減もあるといいます。
店では6人のアルバイトが働いていますが、1日の売り上げ金を数える作業がなくなり閉店後の作業にかかる時間が30分ほどからおよそ5分に短縮できたため、月に15万円から20万円ほどの人件費を減らすことができたといいます。
一方で、キャッシュレスの決済事業者に支払う手数料は1か月あたり15万ほど増えたということです。
キャッシュレス決済で支払われた売り上げ金は翌月に事業者から店に振り込まれるということです。
店によりますと去年10月までは現金とキャッシュレス決済の割合はほぼ同じだったということですが、キャッシュレス決済だけにした後も来店客数は減っていないとということです。
訪れた61歳の会社員は「新紙幣が発行されるのを知りませんでした。キャッシュレス決済はよく利用するので現金が使えないことに不便はないです」と話しています。
ラーメン店を運営する会社の岩田圭介マネージャーは「インバウンドのお客も多いので外国の方にもわかりやすい券売機ということでキャッシュレス決済だけに対応する券売機を設置しました。働く人の負担を減らすためにもキャッシュレス決済への切り替えはメリットがあると感じています」と話しています。
個人消費の39.3% キャッシュレス決済に
経済産業省によりますと、個人消費のうち、キャッシュレスで決済された金額の割合は毎年伸び続けていて去年は39.3%と、10年前(2013年)の15.3%と比べておよそ2.5倍になっています。
特に、この数年は▽新型コロナの感染拡大で非接触の行動様式が広がったことや、▽地方自治体が消費喚起策としてキャッシュレス決済を用いたポイント還元事業を実施したことなどがキャッシュレス決済の利用増加につながったということです。
去年、キャッシュレスで決済された金額の割合を詳しくみると▽「クレジットカード」が83.5%と最も多く、次いで▽専用のアプリを使ってバーコードなどで支払う「コード決済」が8.6%、▽「電子マネー」が5.1%、▽「デビットカード」が2.9%となっています。
このうち、「コード決済」の金額はコロナ禍前の2019年の1兆円と比べると去年は10兆9000億円と10倍以上に増えています。
経済産業省は来年・2025年までにキャッシュレス決済の割合を4割程度にするという目標を掲げているほか、将来的には国民の利便性の向上やデータ活用の観点などから8割まで引き上げることを目指しています。
新紙幣を前に 券売機など設備投資の需要増
新紙幣の発行を前に、企業や個人事業者の間では今のATMや券売機などを買い替えたり、システムを更新したりする設備投資の需要が増えています。
財務省が決済システムを製造するメーカーなどでつくる「日本自動販売システム機械工業会」に聞き取りをした結果、新たな紙幣に対応するための設備投資による経済効果はおよそ5000億円に上ると試算されています。
また、一部の事業者では今回の設備投資をきっかけに、紙幣の取り扱いをやめて、電子マネーやQRコード決済など、キャッシュレスのみの対応に切り替える動きも出ています。
ただ、経済産業省は新紙幣の発行がキャッシュレス決済の普及にどの程度の影響を与えるかは分からないとしています。
更新追い付かず 飲料の自動販売機では新紙幣使えない可能性も
業界団体によりますとことし7月の新紙幣の発行までに、銀行のATMや鉄道の券売機は対応のためのシステム改修がおおむね終了する見通しだとしています。
ただ、飲料の自動販売機では更新が追いつかず新紙幣が使えないケースが出る可能性があると指摘します。
決済システムを製造するメーカーなど80社あまりでつくる「日本自動販売システム 機械工業会」が加盟する各社に聞き取り調査を行ったところ、ことし7月までに銀行のATMや鉄道の券売機は新紙幣の発行に対応するシステムの更新がおおむね終わる見通しだということです。
その一方で、全国にある221万台あまりの飲料の自動販売機では更新が追いつかず新紙幣が使えないケースが出る可能性があると指摘します。
また、この団体によりますと飲料の自動販売機では2021年から発行されている「500円硬貨」について現在、利用できるのは全体の2割から3割だとしています。
背景には「500円硬貨」の流通が全体に広がっていないとみられることがあるということです。
業界団体では、今回の新紙幣への対応について、「新紙幣は500円硬貨よりも流通のスピードが速いとみられる」として、対応について関係団体に周知を進めているということです。
新しい券売機などの導入 費用一部補助する自治体も
新たな紙幣に対応した券売機などを導入する中小事業者の負担を減らすために費用の一部を補助する自治体もあります。
このうち東京・葛飾区はラーメン店やそば店などの中小事業者が券売機を買い替えたり改修したりする際、1台あたり費用の半分を30万円を上限に補助します。
葛飾区はおよそ200の店舗が対象になると見込んでいます。
また、愛知県大口町は中小の事業者が新紙幣に対応した券売機などに更新する場合に費用の半分を1社あたり50万円を上限に補助する取り組みを行っています。
これまでにガソリンスタンドやスーパーが補助を受けたということです。
東京・足立区は区内で路線を運行するバス事業者が運賃箱を更新する際に費用の半分にあたる1台あたりおよそ60万円を補助する制度を昨年度から設けています。
足立区によりますと今年度は民間のバス会社が運行する16台のバスについてこの制度が活用される予定です。
これで区内を走る民間の路線バスすべてで運賃箱が新紙幣に対応するものに切り替わるということです。
”旧札使えなくなる”など誤った情報も 詐欺に注意呼びかけ
ネット上では新たな紙幣の発行に関連したさまざまな投稿がありますが、なかには、現在の紙幣が使えなくなるなどという誤った情報もあります。
財務省は詐欺などに注意するよう呼びかけています。
新たな紙幣の発行に関連し、ネット上のSNSにはさまざまな投稿があります。
このなかでは、▽「新紙幣を使うことが楽しみ」とか▽「1万円札の呼び方が“栄一さん”に変わるのか」などという声のほか、▽「新紙幣発行を忘れていた。キャッシュレス決済が進んでいるから」や▽「紙幣を使う機会が減っている。使われない前提で発行されるのはやるせない」、▽「お店には切り替えの負担もある。単なるお祭り騒ぎにしてはいけない」などの意見もありました。
一方で、「旧札が使えなくなる」とか、「しばらくしたらいまの紙幣を使えなくさせられる」といった誤った情報も投稿され拡散しています。
財務省によりますと新しい紙幣が発行されたあとも旧紙幣の通貨としての効力はなくならないため引き続き使うことができます。
財務省は「古いお札は使えなくなるから回収します」とか「古い紙幣を振り込んだら新しい紙幣に交換します」などという詐欺などに注意するよう呼びかけています。
新紙幣発行は7月3日から
政府はことし7月3日から一万円札などで新たな紙幣を発行します。
紙幣のデザインの変更は2004年以来、20年ぶりで偽造防止の強化などが目的です。
新紙幣では
▽一万円札に「近代日本経済の父」と呼ばれる渋沢栄一、
▽五千円札に日本で最初の女子留学生としてアメリカで学んだ津田梅子、
▽千円札に破傷風の治療法を開発した細菌学者の北里柴三郎の肖像をデザインします。
紙幣のデザインの変更は2004年以来、20年ぶりで
▽偽造防止の強化と
▽誰でも利用しやすい「ユニバーサルデザイン」の導入が目的です。
このうち偽造防止の強化では、紙幣を斜めに傾けると肖像が立体的に動いて見える最先端のホログラム技術を導入したほか、「すかし」は、肖像の背景に高精細な模様が施されています。
また、「ユニバーサルデザイン」では、外国人なども利用しやすいよう額面の数字を大きくしたほか▽、指で触っても紙幣だと識別できるよう凹凸のある11本の斜線が入れ込まれています。
日銀によりますと、新たな紙幣は来年3月末までに現在、発行されている紙幣の46%にあたる74億8000万枚が国立印刷局で印刷されるということです。
日銀は金融機関の需要に応じて順次、発行していく方針です。
20年前に今の紙幣の発行が始まった時には1年間で6割ほどが新しい紙幣に切り替わったということです。