首相の改憲論 政権延命の道具にするな(2024年7月2日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 改憲が政治指導者の都合で進められていいはずがない。岸田文雄首相は、旗を振るのをやめるべきだ。
 通常国会への改憲原案の提出を自民党が見送り、党総裁の任期である9月末までの改憲は、ほぼ不可能になった。それでも岸田首相は、総裁再選をにらんで、改憲に意欲を示す発言を重ねている。
 先週の党役員会では「先送りできない課題の最たるもの」だとして、力を尽くしたいと述べた。保守層の支持をつなぎ留めようとする思惑があらわだ。首相の改憲論は、政権延命のための道具でしかないように見える。
 衆院憲法審査会で、改憲勢力与野党5会派は、緊急事態時に国会議員の任期を延長する条項について、改憲原案の条文化を提案した。立憲民主党共産党が応じず、5会派だけで進める強硬論も出たが、断念している。
 衆院が解散されて議員がいない時に大災害などの緊急事態が起きた場合、参院の緊急集会が国会の機能を代替すると憲法は定める。任期満了で議員が不在の時も同じように対応できる。あえて改憲を持ち出すまでもないことだ。
 むしろ、緊急事態を理由にして政権・与党の権力の維持に利用される恐れがあることを見落としてはならない。また、議員任期の延長は、主権者の選挙権の制限であり、国民主権の根幹に関わる問題をはらんでいる。
 岸田首相は国会が閉会する際の会見で、5会派が原案の条文に実質合意したことは極めて重要な一歩だとし、改憲を国民に提起することは政治の責任だとも述べた。履き違えも甚だしい。
 首相や閣僚、国会議員は憲法を尊重し、擁護する義務を負う。内閣を率いる首相の責務はとりわけ重い。政治の責任を言うのなら、何よりまず自らに課された義務を顧みるべきだ。
 一方で、改憲を先取りするような立法や政策が相次ぐ。この国会で成立した地方自治法の改定もその一つだ。非常時に国が自治体に指示権を発動できる仕組みは、例外状況下で政府に権限を集中する緊急事態条項と重なる。
 米国との軍事一体化が平和主義を一段と空洞化させ、秘密保護法制が拡大して、知る権利が脅かされてもいる。危うい改憲の動きとともに、憲法の根幹をゆるがせにする政権と政治のあり方に、厳しい目を向けなければならない。