<聴覚過敏、知っていますか?>㊦ 消えたBGM、照度も控えめ 施設、企業で広がる配慮(2024年6月25日『北海道新聞』)

 道内の娯楽施設や民間企業では、特定の音に苦痛を感じる「聴覚過敏」の人に配慮した取り組みが始まっています。関係者はこの動きが知られ広がっていくことで、だれもが暮らしやすい社会に近づくと期待を掛けています。(くらし報道部 稲塚寛子)
 
「音のない水族館」でのオタリアショーで、イラストを示して次の流れを紹介するおたる水族館の飼育員

「音のない水族館」でのオタリアショーで、イラストを示して次の流れを紹介するおたる水族館の飼育員

 8日午後1時半、小樽市おたる水族館内のスピーカーから流れていたオルゴール音が消えた。同館の取り組み「音のない水族館」の始まりの〝合図〟だ。館内アナウンスのほか、イルカやペンギン、オタリアなどのショーにつきものの、マイクによるナレーションや音楽もなく、飼育員たちはジェスチャーやフリップボードを使用して進行する。
 この日、ペンギンショーを見た江別市の会社員佐野優太さん(26)は「音のない水族館」の日だと知らずに来た。「いつもと違って、水しぶきの音や、空を飛ぶ鳥の鳴き声などが聞こえ、楽しかった。私も大きい音が少し苦手なのでよかった」と顔をほころばせる。
 「音のない水族館」は2022年に始まった。きっかけは、同館に届いた札幌市のパート、末永栄里さん(43)のメール。3男の啓太さん(10)は水族館が大好きだが、アナウンスの音声などが苦手でイルカショーを見られない―という内容だった。「何かしてほしいというより、こういう子がいると知ってほしかった」と末永さんは振り返る。
館内アナウンスの代わりに「忘れ物のご案内」のプラカードを掲げるスタッフ

館内アナウンスの代わりに「忘れ物のご案内」のプラカードを掲げるスタッフ

 見たくても見られない子どもも楽しめる水族館にしようと、同館は半年かけて準備した。音をなくすのはショーだけではない。普段は館内アナウンスで対応する、迷子や落とし物などの案内は、プラカードを作成。スタッフが持ち歩いて周知することにした。
 その後、年3回ほど、これまでに8回開催する恒例イベントになった。「特別扱いではなく、少しの配慮があれば、皆と一緒に楽しめると、(聴覚過敏を知らない)多くの人に分かってもらえるきっかけになった」と末永さんは喜ぶ。
 伊勢伸哉館長(61)は、「色弱など聴覚過敏以外で困っている人にも、水族館を楽しんでもらうにはどうしたらいいかスタッフが考えるようになった」と手応えを語る。
クワイエットアワーに取り組むツルハドラッグ東札幌店。音はほとんど聞こえず後方のモニターも消されていた

クワイエットアワーに取り組むツルハドラッグ東札幌店。音はほとんど聞こえず後方のモニターも消されていた

 ドラッグストア大手ツルハホールディングス(札幌)は、毎週土曜の開店時から1時間、BGMを切り照明を暗くする「クワイエットアワー」を実施している。
 5月下旬の土曜午前9時、ツルハドラッグ東札幌店(白石区)の明るさは通常の半分程度。BGMや店内アナウンス、商品PRも聞こえず、ひっそりしている。「いらっしゃいませ」などのあいさつは店内に響かず、笑顔のみ。客との会話も「声を低めにしています」とスタッフの新山直美さんは気遣いを明かす。店内連絡用の電話はマナーモード。買い物を終えた同区内の女性(40)は「以前の勤め先では、強い照明が苦手で頭痛になったこともあった。いい取り組みだと思う」と話していた。
クワイエットアワー実施中は、缶飲料の棚の照明を消すなど、店内を暗くしている

クワイエットアワー実施中は、缶飲料の棚の照明を消すなど、店内を暗くしている

 同社は19年秋に札幌の5店舗で「クワイエットアワー」をスタート。順次拡大し、現在は道内の20店舗を含む4道県27店舗で行っている。
 川崎市内の大型商業施設で試行しているのを知ったのが導入のきっかけ。レジで客から「助かります」などと声をかけられる程度で、実際に感覚過敏の人がどのくらいこの時間帯に来店しているかは不明というが、「少数でも、困っている人に目を向けていきたい」(同社)とする。
川崎市がインターネットに公開している「クワイエットアワー実施のためのサポートブック」

川崎市がインターネットに公開している「クワイエットアワー実施のためのサポートブック」

 道外でも、さまざまな取り組みが行われている。川崎市東京五輪パラリンピックをきっかけに、障害者が生き生きと暮らすための障壁や社会環境を変えていく「パラムーブメント」を展開。その一環で21年に「クワイエットアワー実施のためのサポートブック」をまとめた。ノウハウに加え、実施時に使えるポスターも公開しており、幅広く利用されている。
 同市のサポートブックなどを活用し、地域で「クワイエットアワー」を展開したのが相模原市の相模原青年会議所だ。取り組みやすさから「音」に絞り、地元の大型商業施設や店舗を回り協力を求めた。粘り強く働きかけ、22年5月から翌23年4月までに市内の書店、家電量販店など11施設が実施。同会議所が把握しているだけでも、このうち3施設が今も継続している。
クワイエットアワーを実施した際、アンケートを行う相模原青年会議所のメンバー(同会議所提供)

クワイエットアワーを実施した際、アンケートを行う相模原青年会議所のメンバー(同会議所提供)

 「最初は、施設側に実施するメリットが分からないと敬遠されていた」。プロジェクトのリーダーを務めた八木さやかさん(34)は、そう振り返り、「活動中に『子どもが感覚過敏で…』と話す方もおり、困っている人が予想以上に多いことに驚いた」とする。
 滋賀県は、本庁舎で自閉症啓発デーの4月2日に「クワイエットアクション」を初めて実施した。就業前のラジオ体操や時刻を知らせるチャイムなどの音量を下げた。報道などでツルハの取り組みを知ったのがきっかけといい、「来年は県内の店舗にも協力を依頼したい」(障害福祉課)としている。

■企業イメージ向上、行政は導入支援を

河合高鋭鶴見大准教授(本人提供)

河合高鋭鶴見大准教授(本人提供)

 相模原青年会議所の取り組みに助言を行った、鶴見大(横浜)短期大学部の河合高鋭(たかとし)准教授(支援方法論)に、クワイエットアワーの歩みや浸透に向けた課題を聞いた。
 クワイエットアワーは2017年ごろの英国で始まったとされています。その後、ニュージーランド、スイス、カナダ、フランスなどで実施されています。
 広まったきっかけは、13年に作成された米国の診断基準「DSM―5」で、自閉スペクトラム症の症状として感覚過敏が明記されたことです。
 この診断基準は日本を含め多くの国で利用されています。自閉スペクトラム症の全員が感覚に異常があるわけではないのですが、記載を通じ、多くの当事者が困っていると、社会的に認知されるようになりました。
 国内ではここ数年で、企業などの取り組みが少しずつ見られるようになりました。一方、クワイエットアワーがどのようなものか分からない企業も少なくないようです。
 取り組みは企業や店舗のブランドイメージ向上にもつながります。まずはどのようなものか知ってほしい。そのためには、行政の後押しも有効でしょう。川崎市がマニュアルなどを公開していますが、こうした自治体が増えてほしいです。