選挙活動の混乱 対策講じ常識を取り戻せ(2024年7月8日『産経新聞』-「主張」)

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池袋駅前に設置されている選挙ポスター
 選挙活動のあり方が、根本から問われる事態になっている。
 4月の衆院東京15区補選の選挙妨害事件に続き、東京都知事選でも一部の候補者らによる振る舞いが混乱を招いた。
選挙は民主主義の根幹である。その信頼を揺るがす行為は極めて望ましくない。政府と国会は、公正で秩序ある選挙環境が保たれるよう、公職選挙法の改正を含め早急に対策を講じるべきだ。
 都知事選には過去最多の56人が立候補した。1人のリーダーを決める選挙であるのは言うまでもないが、政治団体「NHKから国民を守る党」は24人も擁立した。
 党首の立花孝志氏は告示前の会見などで、NHKの政見放送を「ジャック」するのが目的だと語った。
 だが、公選法は国政選や地方選が「選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且(か)つ適正に行われることを確保」すると規定している。当選するためではなく別の目的で選挙を利用するのは、同法の趣旨に反するのではないか。
 NHK党は寄付をした人に選挙ポスター掲示板の枠を譲り、事実上販売した。その枠に風俗店の広告や動物の写真などが貼られたケースもある。NHK党以外でも、全裸に近い画像を貼る候補が現れた。警視庁が都迷惑防止条例違反などの疑いで警告する事態になった。
 公選法が「品位を損なう言動をしてはならない」と定める政見放送でも、突然シャツを脱いで肌を露出する女性候補や、奇抜な格好で笑い転げる男性候補など、非常識な振る舞いが続出した。
 ポスター掲示板や政見放送は、公費で設けられたものだ。公選法の趣旨に反して利用するのは許されない。
 都知事選では、実際には立候補していないのに「出馬しました」などとSNS上で表明する「なりすまし」も出た。こうした行為も、有権者の判断を惑わす恐れがある。
 都知事選や衆院補選の混迷を受けて、各政党からは公選法の見直しなどを求める意見が出ている。
 インターネットやスマートフォンが普及する時代に、選挙掲示板などによる従来の選挙活動の方式が適切かどうかも、この機会に検討してもらいたい。

街頭演説もできない国になるのか(2024年7月8日『産経新聞』-「産経抄」)
 
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奈良県警奈良西署から送検される山上徹也容疑者=2022年7月10日、奈良市(安元雄太撮影)
蒸気機関車(SL)をはじめ昭和の昔になくなったものは数あれど、民主主義を育てるという観点からみれば、立会演説会の廃止ほど惜しまれるものはない。同一選挙区の候補者が一堂に会した演説会は、戦後間もない昭和24年1月の総選挙から導入され、翌年には国政選挙と都道府県知事選で義務化された。
▼古老記者によると、小学校や中学校の講堂に有権者が入りきれぬほど集まり、保守から共産党までさまざまな候補者が熱弁を振るい、かなり盛り上がったという。ところが、回数を経るにしたがって組織的なヤジや妨害が目立つようになり、参加者が激減。昭和58年に廃止されてしまった。
▼以降は、ナマの候補者に接するには、決起集会に参加するほど熱心な支持者以外は、街頭で演説を聞くくらいしかなくなった。その街頭演説さえ、いま危機的状況にある。
▼先週金曜に小池百合子都知事の街頭演説を聞きに行ったが、警官に携帯の金属探知機を全身にあてられるほどの物々しさだった。知事が話し始めると、「反小池」のプラカードを掲げ、遠巻きにしていた一団が「辞めろ」コールを一斉に始めた。強気でなる知事が1分ほど演説を中断したほどのひどさだった。
▼この30分前、有楽町では蓮舫候補の遊説中に他党の街宣車が乗り付け、スピーカーを使って邪魔しようとした。あの日以来、何かがおかしくなっている。
▼そう。2年前の8日、安倍晋三元首相が参院選の応援演説中に凶弾に倒れてからだ。言論ではなく、暴力的な行動で「敵」を屠(ほふ)ろうとする人々が明らかに増えている。SNSでは、元首相の暗殺犯を英雄視する言説さえ飛び交っている。立会演説会どころか街頭演説もできない国にしてはならぬ。