「日本手話」訴訟 ろう児の学習権保障を(2024年6月11日『北海道新聞』-「社説」)

 道立札幌聾学校で「日本手話」による授業を受けられなかったのは違法だとして、小中学生2人が道に賠償を求めた訴訟の判決があり、札幌地裁は請求を棄却した。
 原告は、日本語の文法に手の動きを合わせた「日本語対応手話」と異なり、独自の体系を持つ日本手話を母語とする。
 裁判は日本手話で教育を受ける権利が憲法上保障されるかが主な争点となった。地裁は法的義務がないという被告の主張を認めた。
 原告側は「自分の言葉で学べない苦しみを裁判所は分かってくれない」として控訴した。
 日本手話は言語の一つで、発達過程のろう児が他言語に代えることは困難だ。地裁は理解が不足していないだろうか。人権を守る機関として疑問が残る。
 日本手話は手指に加え顔の動きなどを交えるのが特徴だ。話者の表情も読み取って意味を理解する。原告のような先天性の難聴者が多く使うとされる。
 日本語対応手話は後天性難聴者ら、母語を一定程度習得した人が主に使う。幼児が文法を考え言葉を覚えるわけではない。
 原告は小学部に入学当初、日本手話で授業を受けていたが、不慣れな教員が担任となり意思の疎通が難しくなったという。
 判決は憲法が学習権を保障するとしつつ、具体的に何を整備すべきかまで定めておらず「立法府に裁量がある」とした。
 さらに原告に対し、日本語対応手話や動画など他の手段を使えば一定水準の授業が可能で合理的だとも述べた。
 誰もが教育を受ける権利がある。心身の障害により学習に影響を受ける子どもがいて、支援を求めているのなら対応するのが政治の責務である。
 だが判決は十分な環境整備を怠った国や自治体の姿勢を問わず、母語で学べない子どもに我慢を強いている。学校側の消極姿勢を追認したに等しい。
 判決は学校側が日本手話の教員の確保に苦労してきたとも指摘した。堪能な教員は全国的に少ないが、それを理由に子どもの学ぶ機会を奪ってはならない。国や自治体は予算を増やし育成に努める必要がある。
 道を含む全国の自治体は「手話は独自の体系を持つ言語」とする条例を制定し、手話を使いやすい社会の実現を掲げる。
 しかし今回の判決は2種類の手話が存在することを含め、聴覚障害者の現状や課題が社会に理解されていないことも浮き彫りにした。言葉だけで終わらせず、どんな施策が必要か考えを深め、進めなければならない。