国立大の学費値上げ論 人材育成に逆行しないか(2024年6月8日『毎日新聞』-「社説」)

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東大のキャンパス内で、学園祭の来場者に値上げ検討への反対を訴えかける学生ら=東京都文京区で2024年5月29日、西本紗保美撮影
 国立大の学費値上げを巡る提案が議論を呼んでいる。教育を受ける機会が損なわれることのないよう、熟慮する必要がある。
 発端は中央教育審議会中教審)部会での伊藤公平・慶応義塾長の発言だ。私立大に比べて安い国立大の学費の標準額を現在の53万5800円から約3倍の150万円に引き上げるべきだと提言した。
 人工知能(AI)が急速に発展する時代にふさわしい人材を育てるには相応の投資が必要だ。国立と私立が同じ条件で競争できる環境の整備を訴えている。
 背景には私立大の経営環境がある。日本の大学の約8割を占め、少子化が進んでも新設が続いた。そのツケが回って経営難に陥った形だ。学生が集まらなくなった地方私立大を自治体が引き継ぎ、公立化するケースも相次いでいる。
 公立となった大学の多くでは、志願者数が大きく伸びている。学費の安さが主な理由とみられる。地方の進学希望者に新たな選択肢をもたらしたといえるが、家計の苦しさの反映でもある。
 国立大の学生にも一定の受益者負担を求めるというのが伊藤氏の考え方だ。だが、所得が伸び悩み、物価高も続く中、多くの家庭にとって教育費は重い負担だ。
 伊藤氏は経済的に進学が困難な学生のために給付型奨学金で支援を拡大することも提案している。
 しかし、日本学生支援機構の2022年度の調査によれば大学生の55%が既に奨学金を受給している。厳しい財政下、給付型をどれだけ拡充できるかは見通せない。
 そもそも日本は教育に対する公費支出が先進国の中でも目立って低い。経済協力開発機構OECD)の統計によれば、大学など高等教育に対する日本の公費負担は加盟38カ国平均の半分で、順位は下から3番目だ。
 科学技術の進展で教育や研究にコストがかかるのは確かだ。だからといって学生に更なる負担を求めることが適切だろうか。
 東京大は標準額から約10万円の学費値上げを検討しているが、学生が反対のデモを始めるなど波紋が広がっている。
 教育は人を育て、国の土台を築く重要な営みである。政府がどのような役割を果たすべきか、議論することが先決だ。