暴力、貧困、売春、薬物…実在女性の人生、誠実に演じる「あんのこと」主演・河合優実(2024年6月7日『産経新聞』)

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映画、ドラマに引っ張りだこの河合優実(石井健撮影)
河合優実(23)は、祈りをささげるように「あん」という役に取り組んだ。主演作「あんのこと」(入江悠監督・脚本)で、暴力と貧困から抜け出そうと精いっぱいに生きる主人公だ。いまもっとも注目されている俳優は、誰よりも誠実に役の人生を生きたいと願った。
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映画「あんのこと」
杏は、暴力的な母親に売春を強いられ、苦しさから逃れるため薬物に溺れる。小学校すらまともに卒業していないが、担当した刑事の励ましなどにより、介護士になるという目標を見つける。だが、コロナ禍が夢を奪う。
実在した女性がモデルだ。新聞記事で知った映画プロデューサーの國實瑞惠が「彼女の人生を残したい」と企画、共鳴した入江監督が、関係者への取材を重ねて脚本を書いた。女性は、なぜ死を選ばなくてはならなかったのか。その思いを「杏」という主人公に託した。
河合も関係者や薬物更生の専門家らの話を聞き、メモをとり、懸命に杏と向き合った。
「もしも私の人生が映画になって、勝手なことが描かれたら、きっと、いやだろう」。だから、女性の人生について最大限に想像力を働かせた。
「大丈夫です。あなたのことは守ります。あなたの人生と真剣に向き合って演じます」。そういえる自分でありますようにと祈りながら、懸命に撮影に臨んだ。
それでも「これでいいのか?」と絶えず迷ったが、「一人の人物を演じるのに、これだけ強い思いをもってやり通せたことは、自分にとって大きな糧になるはず」と撮影を振り返る。
完成してからは「絶対に多くの人に届けたい」と強く願っている。
「映画にしたことで、こういうことがあったのだという事実や痛みを、誰かに、ちょっとでも長く覚えていてもらえるはず。そこに報道とはまた違った映画の意義がある。映画にしてよかった」
最後に希望の余韻を残すところが、この映画のすばらしさだ。きっと、そこに入江監督や河合の祈りが込められているに違いない。
デビュー6年目。落ち着いた物腰で、語り口は明瞭だ。低めの声とクールなまなざしが、昭和の大スター、山口百恵に似ていると昔からいわれ続けたものだから、高校の卒業謝恩会で百恵の「プレイバックPart2」を歌って聴かせて、やんやの喝采。「大好評でした」と笑うおちゃめさも持ち合わせている。
「これから自分がどうなっていくのか、予想もつきません。ただ、俳優としてどうであるかということ以前に、いろいろなことに感動できる心をもった人間であり続けたいです」(石井健)
 

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解説
SR サイタマノラッパー」「AI崩壊」の入江悠が監督・脚本を手がけ、ある少女の人生をつづった2020年6月の新聞記事に着想を得て撮りあげた人間ドラマ。
売春や麻薬の常習犯である21歳の香川杏は、ホステスの母親と足の悪い祖母と3人で暮らしている。子どもの頃から酔った母親に殴られて育った彼女は、小学4年生から不登校となり、12歳の時に母親の紹介で初めて体を売った。人情味あふれる刑事・多々羅との出会いをきっかけに更生の道を歩み出した杏は、多々羅や彼の友人であるジャーナリスト・桐野の助けを借りながら、新たな仕事や住まいを探し始める。しかし突然のコロナ禍によって3人はすれ違い、それぞれが孤独と不安に直面していく。
「少女は卒業しない」の河合優実が杏役で主演を務め、杏を救おうとする型破りな刑事・多々羅を佐藤二朗、正義感と友情に揺れるジャーナリスト・桐野を稲垣吾郎が演じた。( 映画.com)
2024年製作/113分/PG12/日本
配給:キノフィルムズ
劇場公開日:2024年6月7日