宗教2世の友人の遺書から生まれた映画「ゆるし」 元信者の監督「脱会できた私が伝えないと」(2024年3月13日『東京新聞』)

 
 親から信仰の強要や教義を理由にした体罰を受けた300人以上の宗教2世らの証言を基に、「宗教虐待」の残酷さを描いた映画を23歳の女性が撮った。映画が生まれたきっかけは、友人の宗教2世が残した遺書だった。(太田理英子)

◆300人の宗教2世の証言を集め

 母親が架空の新宗教を信仰する高校生の「すず」が主人公だ。教義を理由にマラソンへの参加を禁止され、クラスで「カルト」と呼ばれ、いじめに遭う。唯一の友人に教義に反する物をもらったことで、母親から苛烈な体罰を受ける。ある悲劇に襲われ心に深い傷を負ったとき、母親は「サタン」がとりついたと取り乱すだけ―。
 
映画「ゆるし」の一場面。祖母(中)らにかくまわれた主人公すず(左)を、母親が連れ戻しに来る(「ゆるし」製作委員会提供)

映画「ゆるし」の一場面。祖母(中)らにかくまわれた主人公すず(左)を、母親が連れ戻しに来る(「ゆるし」製作委員会提供)

 22日、東京都武蔵野市アップリンク吉祥寺で公開される「ゆるし」は、信仰強要の苦痛と母親への愛情の間でもがく娘の姿が描かれる。自らも新宗教に入信した経験がある平田うららさん(23)が、監督と主演を務めた。
 平田さんが作品の構想を立て始めたのは、教団で親しかった同世代の2世が自死した直後の2021年10月。当時大学3年だった。

◆「神様でなく私を見てほしかった」

 平田さんは2年の時、就職活動で知り合った女性からの勧誘で入信した。自信を失っている時に信者たちから肯定する言葉をかけられ、居場所だと感じた。信者以外との交流を禁じられ抵抗感を覚えても離れられなかった。
 
映画「ゆるし」の一場面。主人公すず(左)は母親からの信仰の強要に苦悩する(「ゆるし」製作委員会提供)

映画「ゆるし」の一場面。主人公すず(左)は母親からの信仰の強要に苦悩する(「ゆるし」製作委員会提供)

 教団は、両親の支えを受けて約1年で脱会した。友人の自死は、その3カ月後だった。遺書には「ただ親に愛してほしかった。神様でなく私を見てほしかった」と記されていたと人づてに知った。
 「教団は彼女から親を奪い、自由も人生も命も奪ったのか」。平田さんは激しい憤りと、友人の苦悩に気づけなかった後悔に駆られた。「このままでは彼女の思いは誰にも届かない。生きて脱会できた私が伝えないと」。大学1年から映画やドラマの製作現場で働いた経験を生かし、自ら映画化することを決めた。

◆取材を続ける中で安倍元首相銃撃事件が起き

「宗教虐待問題を風化させたくない」と語る平田うららさん

「宗教虐待問題を風化させたくない」と語る平田うららさん

 交流サイト(SNS)などを通じて知り合った複数の教団の宗教2世らに取材を重ねる中、22年7月、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の2世による安倍晋三元首相銃撃事件が起きた。
 「思いを聞いて」という当事者が急増した。多くの2世は、周囲の無理解で孤立し、親への捨てきれない愛情に葛藤していた。作品には親が入信した経緯や、関係が断絶した教団外の親族の姿も盛り込み、複数の視点から宗教虐待の実態に迫った。
 「信仰を否定するわけではないが、宗教虐待を風化させたくない。2世には周囲に理解され温かく受け入れられる環境が必要。多くの人に、自分に何ができるのか考えるきっかけにしてほしい」
   ◇
 「ゆるし」は約60分。名古屋市など全国でも順次上映を予定している。
 
 

解説

宗教虐待の実態を娘・母・祖母の3世代の視点からリアルに描いた人間ドラマ。自身も新興宗教で洗脳された過去を持つ平田うらら立教大学現代心理学部映像身体学科4年生)監督が、ある宗教2世が残した遺書に感化されて製作を決意し、自ら監督・脚本・主演を務めて完成させた。

新興宗教「光の塔」の信者である松田恵の娘・すずは、教えに反した言動をすると鞭で打たれるなどの虐待を受けてきた。ある日、学校で献金袋を盗まれたすずは、お金を借りるため祖母・紀子のもとを訪れる。虐待の事実を知った祖父母はすずを保護し、すずは祖父母から愛されて暮らすことで「世の人はサタンにそめられている」という光の塔の教えを疑い始める。しかしそれは彼女にとって、母との決別を意味していた。そんな中、すずは祖父母の話を通して、入信前の母の姿を知る。

平田監督が主人公すず、「八月は逃げて走る」の安藤奈々子が母・恵をそれぞれ演じた( 映画.com)。

2023年製作/60分/日本
配給:ユーラフィルムズ
劇場公開日:2024年3月22日