大都市に偏る医師 「地域別単価」は解決策か?(2024年5月31日『毎日新聞』)

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参院予算委員会前に鈴木俊一財務相(右)と言葉を交わす岸田文雄首相=国会内で2024年3月15日、竹内幹撮影
 大都市部には医療機関があふれる一方、過疎地などでは医師が足りない「医師の偏在」が進んでいる。そうしたなか、財務省は診療報酬に「地域別単価」を導入すべし、とぶち上げた。
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福島県双葉町の診療所開所式
 診療報酬は医療の公定価格で1点当たり10円。原則として全国一律だ。財務省案には、都市部にある医療機関の診療報酬を下げ、収入減を嫌う医師を地方へと分散させる狙いがある。しかし、絵に描いた餅に等しく、あまりに筋が悪いと言わざるを得ない。
 ◇拍車かかる医師偏在
 人口が多い都市部はより収入が見込めるうえ、さまざまな症例に接することで腕も磨ける――。そう考えて都市部での開業を選ぶ医師は少なくない。現在は開業規制がなく、人口10万人当たりの診療所数は東京23区が112カ所、政令市が84カ所なのに対し、その他は68カ所にとどまる。都内でも、「区中央部」と「西多摩」の間では6倍近い差がある。
 こうした偏在による医師不足は地方を中心に急患の受け入れ拒否につながり、死亡事故も起きている。とりわけ産科、外科など昼夜を問わない激務の診療科は人手不足が際立ち、閉院に追い込まれた医療機関もある。
 厚生労働省は2013年度以降、医学部の定員に地域枠を設けるなどして医師の絶対数を増やしてきた。これにより22年の医師数は34・3万人と、この10年で約4万人増えた。また研修医の数を都道府県ごとに割り当てたほか、地域の中核病院の院長になるのに医師不足地域での勤務経験を要件とするなど、手はあれこれ打ってきた。
 それでも効果はなく、逆に16年から20年の間には医師の偏在に拍車がかかった。たまりかねた武見敬三厚労相は4月、「規制による管理」として「地域における医師の数の割り当ても本気で考えなきゃならない」と踏み込んだ。
 ◇都市部での引き下げ案
 こうした状況を見据え、タマを投げ込んだのが財務省だ。武見氏の発言から間髪を入れず、「医師数の適正化・偏在対策の推進」策を公表。「医学部定員の適正化」「医師過剰地域における新規開業規制」などとともに、「地域別1点単価」の導入を提案した。
 診療報酬が全国一律、1点10円なのは「誰もが居住地を問わず一定の自己負担で適切な診療を受けられる」という現行医療制度の基本理念に沿ったものだ。これに対し、財務省案は都市部の単価を1点9円に下げるなどとしている。当面は「都市部での引き下げ」のみとするものの、将来的には医師不足地域の報酬を1点11円にするなどし、医師に地方での開業を促すことを視野に入れている。
 財務省が診療報酬の地域別単価を提案したのはこれが初めてではない。ただし、これまではいずれも「医療費の削減」を目的の前面に出していた。それが今回は名目を「医師の偏在対策」にした。同省の本音(医療費削減)を察知した日本医師会は「極めて筋の悪い提案だ。断じて受け入れられない」(松本吉郎会長)と猛反発している。
 ◇「患者の自己負担」を軽視
 医師会の発言にはエゴも混じっているとはいえ、筋が悪いのは確かだ。
 大都市部で報酬の単価を下げた場合、「もうけ第一」の医療機関は減収補塡(ほてん)のため、「質より量」で患者の獲得作戦に出かねない。そもそも地方での開業が少ないのは「もうからない」ことだけが理由ではない。現に過疎地では人集めのため高額の報酬を掲げる医療機関も珍しくないにもかかわらず、必ずしもうまくいっていない。
 さらに財務省案が「机上の空論」と思えるのは患者負担を軽視していることだ。報酬単価を都市部で減らし、地方で増やすなら医師不足地域に住む人たちは自己負担が重くなる。とても住民の納得は得られないだろう。
 一般的に「手厚い医療」と受け止められている都市部の医療機関の方が地方より負担が軽いとなれば、患者は一方的に過疎地から都市部へと流れ込みかねず、人口流出を招く恐れさえある。また都市部の方が地価も物価も高い。それなのに診療報酬単価は低い、となればますます整合がとれにくくなる。
 財務省に限らず厚労省も医師に札束をチラつかせ、医療政策を診療報酬で誘導しようとしてきた。だが、かつてと違って患者の自己負担が増えている今、その効力は薄れている。
 ◇一定の参入規制は
 厚労省は大病院への患者集中を防ごうと、06年度に大病院の外来の報酬を下げたことがある。もうからなくなる大病院は軽症患者を拒否し、患者は身近な診療所に行かざるを得なくなる、と踏んだのだ。ところが思惑に反して「大病院の方が自己負担は軽い」と知れ渡り、患者は診療所から大病院にシフトするようになってしまった。
 職業選択や居住地の自由は憲法で保障されている。日本では医師の専門性を尊重し、開業もどの診療科を選ぶかも自由だ。かといって、このまま何も手を打たなければ地域医療は崩壊に向かうだろう。やはり一定の参入規制はやむを得ない。
 少なくとも保険医は、患者の自己負担分を除くと保険料と税という公的なお金に支えられている。医師の過剰な地域で開業しようとする医療機関に対し、診療科によっては保険診療を不可とする程度の規制は検討してもいいのではないか。
 4月から医師の働き方改革がスタートし、医師不足は深刻さを増している。早急に「偏在是正」を進めなければ、人命が危機にさらされる機会は一層増えていく。【吉田啓志】