インド総選挙に関する社説・コラム(2024年6月6日)

コーサラ国の王子…(2024年6月6日『毎日新聞』-「余録」)
 
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開票結果を受け、ニューデリーインド人民党本部で勝利のVサインを出すモディ首相=4日、ロイター
 
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インド北部アヨディヤにヒンズー教の寺院が開設されるのを祝い、ヒンズー教徒の間で広く信仰される「ラーマ神」を描いた旗が街角に掲げられた=ニューデリーで2024年1月18日午後4時35分、川上珠実撮影
 コーサラ国の王子、ラーマが猿の助けを借りて南の島にさらわれた妻を取り戻す。古代インドの叙事詩ラーマーヤナ」は仏教説話として日本に伝えられた。博物学者、南方熊楠(みなかた・くまぐす)が「古き和漢書に見えたるラーマ王物語」で考証している
▲コーサラ国はブッダが生まれた釈迦国を属国にしたといわれ、インド北部に実在した。最初の都が置かれたアヨディヤはヒンズー教徒にとって最高神ビシュヌの化身であるラーマ神が生まれた聖地だ
▲その地が宗教紛争の舞台になったのは1992年。ヒンズー教徒が16世紀のムガール帝国時代に建てられたイスラム教モスクを破壊した。事件に関わり、跡地へのヒンズー教寺院建設運動を進めたのが今の与党、インド人民党である
▲モディ首相にとっては3期目をにらんだ晴れ舞台だったろう。1月22日、待ち望んでいた寺院の落成式が行われ、ラーマ像が奉納された。野党は総選挙を前にした「政治的プロジェクト」と参加を拒んだ
▲4日の開票で与党連合が過半数を確保し、モディ氏は勝利宣言した。だが、人民党は単独過半数を逃し、アヨディヤが含まれる選挙区でも野党候補に敗れた。ヒンズー民族主義に訴える戦略が成功したとはいえない
▲建国の父、ガンジーは「ヒンズー教は排他的宗教ではない」と「寛容の心」を求めた。2億人のイスラム教徒を置き去りにするような政策は「最大の民主主義国」にふさわしくない。「寛容さ」に目を向けてこそさらに存在感や影響力が高まるのではないか。

インド総選挙 格差や宗教差別が批判招いた(2024年6月6日『読売新聞』-「社説」)
 インドのモディ首相率いる与党連合が予想外の苦戦を強いられた。選挙結果に示された批判や不満にどう対応するかは、国際政治にとっても大きな関心事となる。
 5年に1度の総選挙で、モディ氏のインド人民党を中心とする与党連合が、543議席中290超を得て、過半数を維持した。人民党は前回選から議席を大きく減らして単独過半数に届かず、野党連合は議席を大きく伸ばした。
 モディ氏は「国民は再び人民党と与党連合への信頼を示した」と述べ、3期目続投を目指す考えを表明した。しかし、事前の予想に反した辛勝が、2期10年のモディ政権に対する不満の高まりを反映しているのは明らかだ。
 背景には、インドが経済成長を続ける一方で、所得格差が拡大したことがある。特に、若者の就職難は深刻だ。2022年の15~29歳の失業率は12・4%と、10年前の2倍となった。
 貧困や失業といった問題の解決に取り組み、国民全体の所得を底上げするような発展にどうつなげるかが問われよう。
 モディ氏が、国民の約8割を占めるヒンズー教徒を優遇する「ヒンズー至上主義」を推進し、イスラム教徒など宗教的少数派を抑圧する政策をとったことも、有権者の批判を招いた可能性がある。
 3月に施行された改正国籍法は近隣国からの不法移民にインド国籍を与える内容だが、イスラム教徒は対象外だ。選挙直前には、政権批判の急 先鋒せんぽう だった野党指導者が汚職を理由に逮捕された。
 モディ氏は「世界最大の民主主義国」を自任するのなら、民主主義の後退と受け取られる不寛容な政策は慎み、自由や人権などの普遍的価値を尊重すべきだ。
 インドは、「グローバル・サウス」と呼ばれる新興・途上国を率いて国際社会で発言力を強め、実利優先の外交を展開してきた。
 国境問題で対立する中国を念頭に、日米豪との4か国による協力の枠組み「クアッド」に加わる一方、ウクライナ侵略を続けるロシアとも友好関係を保っている。
 日本や米国は、中国の強引な海洋進出を抑止する立場から、「自由で開かれたインド太平洋」の実現を目指し、インドとの協力関係を重視してきた。
 インドが不安定化すれば、地域情勢にも悪影響は避けられない。選挙後の政権が内政の改革に取り組み、地域の安定に資する外交政策を進めるよう、日本は後押ししていく必要がある。

インド与党勝利 国際秩序の擁護者となれ(2024年6月6日『産経新聞』-「主張」)
 
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支持者らに手を振るインドのモディ首相=5月、東部コルカタ(AP=共同)
 インドで下院総選挙の開票が行われた。モディ首相率いるインド人民党は前回より議席を大きく減らし単独過半数を割ったが、与党連合は勝利した。
 モディ氏は初代首相ネール以来となる連続3期目に入る。内政では経済格差の問題や少数派のイスラム教徒らとの融和に尽力する必要があろう。
 新たな外交安全保障政策も展開すべき時にきている。
 モディ政権下でインドは経済成長を遂げ、数年内に国内総生産(GDP)は世界第3位になる見通しだ。人口は中国を抜き世界一となった。核拡散防止条約(NPT)体制外ではあるが核保有国でもある。
 インドは独立以来、非同盟中立を掲げ、今も世界の主要国に対し全方位外交を展開している。理念よりも実利を重視するしたたかさが目立つ。
 だが、名実ともに世界の大国となったインドには、これまでの外交を改めてほしい。
モディ氏は開票後、「世界最大の民主主義の勝利だ」と語った。そう自負するなら、「世界最大の民主主義国」にふさわしい外交が望まれる。それは、自由や民主主義、法の支配に基づく国際秩序の守り手になることだ。そもそも、インドの目を見張る成長は、自由と民主主義に軸足を置いたからである。
 インドは新興・途上国からなる「グローバルサウス」の盟主とも呼ばれる。新興・途上国の代弁者を務めるのは良いとしても、先進国といたずらに対立するのではなく、仲介者として振る舞ってほしい。
覇権主義的な中国の海洋進出の舞台であるインド太平洋地域において、インドは主要大国なのだという自覚も一層強めてもらいたい。自由で開かれたインド太平洋を目指す日米豪印の協力枠組み「クアッド」の一員として安保協力も積極的に進めるべきだ。インドの動向は世界安定のカギを握っている。
 インドは、ウクライナ侵略を続けるロシアと友好関係を保ち、対露制裁から距離を置いている。だが、モディ氏は国際秩序を守るため、ロシアの侵略に断固反対を表明し、対露制裁に加わるべきだ。
 日本は引き続き、自由で開かれたインド太平洋を守るため、インドと良好な経済、外交安保関係を構築したい。それは対中抑止力の増進にもつながる。