インド総選挙に関する社説・コラム(2024年4月21日)

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インド総選挙は約9億7千万人の有権者が参加する(4月19日、北部のラジャスタン州の投票所)=ロイター
 
インド総選挙 「民主主義」の内実が問われる(2024年4月21日『読売新聞』-「社説」)
 
 中露は国際秩序を力で変更しようとしており、新興国の盟主を自任するインドの動向に注目が集まっている。「世界最大の民主主義国」の名にふさわしい行動を期待したい。
 インドで543議席を争う総選挙(下院選)が始まった。国土が広大なため、投票は19日から6月1日にかけて地域ごとに行われ、6月4日に開票される。
 現地メディアの事前の世論調査によると、モディ首相が率いる与党・インド人民党の大勝が予想されている。2014年から政権を担っているモディ氏の3期目入りが有力視されている。
 政権への追い風となっているのが、好調な経済だ。昨年10~12月期の国内総生産(GDP)成長率は前年同期比で8・4%を記録した。人口は世界最多の14億人超に上り、平均年齢も28歳と若い。今後も成長の余地は大きい。
 経済規模は現在世界5位だが、数年以内に日独を抜き、米中に次ぐ経済大国になる見通しだ。
 インドは、世界の平和と安定に今まで以上に責任を負う立場となることを自覚する必要がある。
 だが、総選挙を巡る政権の言動には強権的な兆候がみられ、国際社会に不安感を与えている。
 インド政府は先月、近隣国からの不法移民に対し、審査の上でインド国籍を与える内容の改正国籍法を施行する、と発表した。
 この法律は4年前に成立していたが、国籍付与の対象はヒンズー教徒などに限られ、少数派のイスラム教徒を除外している。このため「宗教差別」との反発が広がり、施行が見送られていた。
 その国籍法を突然施行すると決めたことは、選挙を前に、人口の8割を占めるヒンズー教徒の信仰心に働きかけ、「ヒンズー至上主義」を掲げる人民党の支持を固める狙いではないのか。
 先月下旬には、政権批判の急 先鋒せんぽう で知られる有力野党の指導者が汚職容疑で逮捕された。
 新興国の代表的立場にあるインドで権威主義的な政治が横行すれば、多くの新興国や途上国で追随する動きが出かねない。インドの国際的なイメージの低下は避けられず、国益にも反しよう。
 インドが問われているのは、民主主義の内実だ。民主主義国家の体裁をとっていても、法の支配や自由といった普遍的価値が尊重されなければ、インドへの信頼感を損なうことになる。
 
 日本はインドとの良好な関係を生かし、その重要性をモディ氏に粘り強く訴えていくべきだ。民主主義を試すインド総選挙(2024年4月21日『日本経済新聞』-「社説」)
 
 インド総選挙(下院選)の投票が19日に始まった。有権者数が約9億7千万人という世界最大の国政選挙は、混乱を避けるため州や地域を7つに分けて順次投票し、6月4日に一斉開票する。
 「グローバルサウス」と呼ばれる新興国・途上国のなかで、インドは自他共に認めるリーダー的な存在だ。国内の分断をあおることなく選挙を自由・公正に遂行し、後退が指摘される民主主義の価値を示してほしい。
 5年ぶりの総選挙は政権を2期10年担ってきたモディ首相の最大与党、インド人民党(BJP)の優勢が伝わる。世界銀行が2023年度の実質国内総生産GDP)伸び率を7.5%と見込むなど高い経済成長が追い風になる。
 20党以上が共闘する野党連合は離脱や造反で足並みが乱れ、首相候補すら決められない状況だ。
 モディ氏は自国を「世界最大の民主主義国」と自賛するが、実際は強権的な姿勢が目立つ。
 BJPは国民の8割を占めるヒンズー教徒の支持固めに躍起だ。モディ氏は1月に北部のヒンズー教寺院を訪れた。かつて過激派が破壊したイスラム礼拝所の跡地で、建設中にもかかわらず人気取りを狙って開設式を行った。
 3月に施行した改正市民権法は近隣国から迫害を逃れてきた人に市民権を与えるが、イスラム教徒は対象から外した。
 同じ3月にはデリー首都圏政府の首相で反モディの急先鋒(せんぽう)の野党党首を、汚職容疑で逮捕した。選挙直前の摘発に国内外から不当だとの批判が出た。
 他宗教や野党への弾圧は、信仰や主張が異なる相手に対して多数派の不寛容を助長し、少数派にも配慮する民主主義の精神と相いれない。モディ氏は自制すべきだ。
 スウェーデンのV-Dem研究所によれば、世界の民主主義の度合いは近年劣化が著しく、23年は冷戦期だった1985年と同水準まで下がった。世界最大の民主国家を自任するインドに、憂うべき状況の歯止め役を期待したい。