通勤や通学で利用する人も多い「Suica(スイカ)」などの交通系ICカードだが、異変が起きている。熊本県内の一部のバスや鉄道では、年内にも運賃決済での取り扱いをやめるという。交通系IC導入後に離脱するのは全国初の事例とみられる。一体、なぜなのか。他地域に広がりうるか。(曽田晋太郎)
◆交通系IC更新に12億円、次のシステムなら半額程度に
「高額なシステム更新費を賄うことができない。利用者には一定のご不便をおかけするかもしれないが、ご理解いただきたい」
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5社は、いずれも熊本市に本社がある九州産交バス、産交バス、熊本バス、熊本都市バス、バスと鉄道を担う熊本電気鉄道。2016年に交通系IC決済システムを導入し、昨年度は全体の約4分の1に当たる565万人の利用があった。
ただ、システムの保守契約が来年3月末で切れるため、約900台の機器を入れ替える必要があり、更新費に12億1000万円かかる。
一方、クレジットカードのタッチ決済やスマートフォンのQRコード読み取りで対応できるシステムは半額程度の6億7000万円で導入でき、経営合理化の観点から切り替えを決めた。今年の12月中旬にも交通系ICのサービスを停止する。
◆「海外で広く普及するクレカのタッチ決済の導入は効果的」
共同経営推進室によると、コロナ禍に伴う利用者減で5社の経営状況は厳しく、直近1年(22年10月〜23年9月)の経常収支の赤字は39億円に上る。担当者は「交通系ICは新規導入時は国から補助金が出るが、更新時は出ない。利用者はだいぶ戻ってきてはいるが、経営状況が厳しいことに変わりない」と説明する。
県内では半導体受託生産世界最大手「台湾積体電路製造(TSMC)」の進出に伴う外国人労働者や、インバウンド(訪日客)が増え「海外で広く普及するクレカのタッチ決済の導入は効果的だと考えている。将来的に国内外双方になじみのある交通乗車手段になると考えている」とも語る。
利用できなくなるICカードにはJR九州のSUGOCA(スゴカ)も含まれ、古賀さんが勤める熊本市交通局には「ICカードの利用をやめないで」「今後どうすればいいのか」との意見が多数寄せられたという。古賀さんは「利用者からすると不便な話。急な変更は混乱を来す。地域の声を交えて存廃を議論すべきだった」と口にする。
◆「全国どこでも同じカードが使える状況になるのが一番いい」けれど
今回の5社の判断について、全国の主な交通系ICカードを発行する「JR東日本メカトロニクス」に受け止めを尋ねたが、「答える立場にない」とした。
今後、同様の対応は他地域でも広がるのか。名古屋大大学院の加藤博和教授(公共交通政策)は「地方部の事業者は高価なシステムにお金をかける余裕はない状況だが、QRコードやクレジットカードなどは決済がやや遅くなる上、各地で運行するJRとシステムが異なることを考えると、なかなか切り替えに踏み切れないのでは」としつつ、「東京や大阪などの大都市から遠く、経営体力が弱いところでは、システム更新のタイミングで広がる可能性もある」とみる。その上で「利用者目線で考えると、クレジットカードも含め全国どこでも同じカードが使える状況になるのが一番いい」と指摘する。