左側と右側、どっちを歩く? 車道では「車は左、人は右」…人同士だと「左側」通りがちな理由<ニュースあなた発>(2024年6月3日『東京新聞』)

 
 「子どもたちに歩行者は右側通行と指導してきたが、左側を歩く人が多い気がする。駅構内の通路や階段などでも、左側通行になっているのをよく見かける。混乱しないでしょうか」。このような疑問が、川崎市で長い間小学校の教諭を務めたという60代男性から寄せられた。確かに、記者も意識したことがなかった。いったい、どちらを歩いたら良いのだろうか。(デジタル編集部・小寺香菜子)

◆あなたの最寄り駅は、どっち側通行?

 実際のところを見てみようと、乗降者数が多く、JRや私鉄、地下鉄が乗り入れる池袋駅に向かった。
 確認した出口の階段47カ所のうち、18カ所は左側通行の表示があったり、進行方向に向かって左側にエスカレーターが設置されていたりした。28カ所は通行区分の表示なし。残る1カ所は、エスカレーターが右側にあった。
 JRのホームでは、設置された階段28カ所のうち25カ所が左側通行で、右側通行は3カ所だった。
駅構内にある左側通行と右側通行の表示

駅構内にある左側通行と右側通行の表示

 新宿駅で、都営地下鉄大江戸線新宿線の構内も見て回った。階段とエスカレーター計10カ所を確認したところ、左側通行と右側通行が5カ所ずつだった。
 周辺に広がる地下道はどうか。通行区分の表示はないものの、自然と歩行者は左側通行をしており、人は交錯していない。
 いわゆる「動く歩道」は進行方向に向かって右側に設置されていたが、乗らない人は左側を歩いていた。
 抱いたのは、左側通行の方が多いという印象。また、通行区分の表示がないと、大半の人が自然と左側を歩いていた。
 交通安全環境研究所が2006年に都心部で地上にある駅30カ所を調べたところ、構内で通行区分表示のある通路のうち、左側通行が64%、右側通行は36%だった。
都営地下鉄新宿駅にある「右側通行」の表示

都営地下鉄新宿駅にある「右側通行」の表示

◆鉄道会社「集計していない」

 鉄道各社に左側通行と右側通行どちらが多いのか尋ねたが、JR東日本東京メトロ都営地下鉄も集計はしておらず、各駅ごとに利用者の動線などを考慮して決めているという。
 ただ、東京メトロは「左側通行が多い傾向がある」といい、「日本は左側通行の文化(電車も車両も原則左側通行)があり、少なからず影響している」と付け加えた。
 都営地下鉄は「人が交錯しないように、エスカレーターの向きに合わせて決めている」。そこで、日本エレベーター協会エスカレーターの向きの決め方を聞いてみると「法的な規制や協会の基準はない。一般的には、建物の動線をもとに、建築側や事業主が判断していると思う」と説明した。

道路交通法「歩道のない道路は右側通行」

 実は、道交法10条は、歩道と車道の区別がない道路では「道路の右側端に寄って通行しなければいけません」と、右側通行を原則と定めている。
 警察庁に問い合わせると、車両が左側通行のため「歩行者が車両と向かい合って通行することで、視覚的に車両の接近を認識することが可能となり、交通事故の防止に資すると考えられた」と言う。
 ただし、歩道では「道交法上、歩行者が歩道上で通行すべき側について定めた規定はないので、いずれの側を通行しても問題ない」。駅構内についても「道交法上の道路に該当せず、同法の規定が及ばないことから、そのような場所における歩行者の通行方法については、お答えしかねる」と答えた。

◆人間は自然と左側に?

 交通政策に詳しい東京大生産技術研究所リサーチフェローの牧野浩志さんが、東京都新宿区の自歩道で歩行者と自転車の通行方法を観測したところ、約9割が左側通行だった。地域により差はあるものの、他の複数の学者の研究でも、地下道や駅構内など、歩行者が多い場所では自然と左側通行になる傾向が観察されている。
 なぜ自然と左側通行になるのか。「利き手で力のある右手を空間側に向けて歩くことで心理的に安定する」「心臓が左にあり、本能的に左側の接触を避ける」など学者によりさまざまな考察がある。
 さらに、かつては法律上も歩行者は左側通行が原則だった。牧野さんは「車が通らない場所では、今もその習慣が残っているのではないか」と話す。駅構内などで左側通行の場所が多いのも同様の理由とみている。

歩行者通行の歴史 警視庁は1901(明治34)年、文明開化による馬車などの増加に伴い、正面衝突の事故防止のため人も車も左側通行とすることを通達。戦後の1948(昭和23)年に施行された「道路交通取締法」でも、人も車も左側通行と定められた。警察庁は「理由は承知していない」としているが、江戸時代は武士が左腰に刀を差していたので、互いのさやが当たらないよう左側を歩いていたという説がよく知られている。

 現行の「車両は左、人は右」と定められたのは1949年の法改正からだが、それも道交法上は「歩道のない道路」での話だ。牧野さんは「歩行者は歩道でも右側通行」と誤認している人がいると指摘。「歩行者同士の混乱が生じており、地震やテロなどの避難時や、雑踏での事故につながる恐れがある」と心配し「歩行者空間での左側通行をルールとして徹底するべきでないか」と提案している。

 「ニュースあなた発」は、読者の皆さんの投稿や情報提供をもとに、本紙記者が取材し、記事にする企画です。身の回りのモヤモヤや疑問から不正の告発まで、広く情報をお待ちしています。東京新聞ホームページの専用フォーム無料通信アプリLINE(ライン)から調査依頼を受け付けています。秘密は厳守します。詳しくはこちらから