WHO総会 感染症対策の条約急務だ(2024年6月3日『産経新聞』-「主張」)

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スイス・ジュネーブで記者会見するWHOのテドロス事務局長(共同)
 スイス・ジュネーブで開かれていた世界保健機関(WHO)総会は、新型コロナウイルス禍を教訓に世界的大流行(パンデミック)の対策を強化する「パンデミック条約」の採択を見送った。
 ワクチンの技術移転や分配などを巡り、先進国と途上国の溝が埋まらなかったからだ。加盟国の交渉を2022年2月から2年以上にわたり続けてきたが、最大1年延長する。
 条約の草案には、監視能力の向上や病原体情報の迅速な共有などが盛り込まれている。これらの内容は、各国が対策を講じる上で重要なことだ。
 中国・武漢市から世界に広がった新型コロナは、習近平政権が情報を隠蔽(いんぺい)し、各国は初動が遅れた。過ちを繰り返してはならない。次のパンデミックはいつ起きるか分からない。合意を急ぐ必要がある。
 ただし、途上国が先進国に要求し対立点になっているワクチンの技術移転については、慎重な対応を求めたい。
 途上国は、先進国の製薬企業が感染拡大時にワクチンの技術移転や特許権の一時放棄を行う項目を盛り込むよう求めた。製薬企業からワクチンや検査薬の一部を無償で受け取れる項目も要求した。
 これに対し、先進国側は「製薬企業の経営悪化につながり、開発力を損ねる」として反対した。感染症のワクチンは多額の投資をしても採算が取りにくいとされる。流行が終われば需要がなくなるからだ。
 このため、各国は国民の命と健康を守るため、多額の国費も投入して開発を進めている。知的財産が保護されなければ、製薬企業の研究開発への意欲は続かない。
 各国が新型コロナ禍を通じて得た知見を共有することは意義がある。だが、コロナ対策の初動で成果を挙げた台湾は、総会へのオブザーバー参加を望んでいたにもかかわらず、中国の反対で今回も阻止された。2017年以降、8年連続でこのような異常な状態が続いている。
 感染症対策に国境や地域の壁を存在させてはならない。人類の命と健康を守ることよりも、政治問題を優先させる発想を取るべきではない。
 WHOは、中国の愚かな圧力に追従する不誠実な姿勢を改めるべきである。