富野由悠季監督「ガンダムを出してほしくない」!? 協定を結んだ故郷・小田原市への複雑な思い、若者へのメッセージ(2024年6月2日『東京新聞』)

 
 神奈川県小田原市は、人気アニメで知られる富野由悠季監督と包括連携協定を結んだ。会社や団体ではなく、個人と締結する協定は初めて。全国的にも珍しい。「機動戦士ガンダム」「伝説巨神イデオン」などを生んだ富野監督の世界的な影響力に着目し、本人と直接連携する形にした。監督の思いが若者らへダイレクトに響きやすいと期待している。締結は守屋輝彦前市長時代だが、5月の市長選で当選した加藤憲一市長は、守屋市政の若者施策を高く評価しており、協定を尊重する見通し。(西岡聖雄)

◆子どもの頃いじめに遭って東京へ脱出

小田原市との協定を喜ぶ富野監督

小田原市との協定を喜ぶ富野監督

 連携事業は
(1)監督の言葉を若者へ届け、活躍へつなぐ
(2)観光振興
(3)監督の講演や作品上映会などの文化振興
の3つが柱。富野作品に込められた普遍的なテーマ、メッセージを小田原から発信し、国内外から多くの人に来てもらい、小田原のブランド力を高めていく。
 富野監督によると、子ども時代を過ごした小田原でいじめに遭い、東京へ脱出したという。記者会見で「同級生たちはいじめた意識を持っていないし、覚えてもいないが、いじめられた方は覚えている」と話し、「自分は東京へ行くのが限度だったが、小田原を好きな若者には一度は小田原を出て、できれば20代で世界一周旅行をしてほしい。他の目線でも比較し『これだけ違う』と知る学びは大きい」と呼びかけた。

◆階段、フラッグ、マンホール…街にあふれるガンダム

 市は2021年、富野監督を小田原ふるさと大使に任命。バンダイナムコグループガンダムマンホールプロジェクト」第1号となり、寄贈された2種の小田原独自のデザイン蓋(ふた)を市内に設置、原付きバイクのご当地ナンバープレートも交付してきた。本年度は9月末まで、小田原駅周辺の商店街で富野監督の写真やアニメのキャラクターをあしらったバナーフラッグを掲出している。
商店街に掲げられたバナーフラッグ=いずれも小田原市で

商店街に掲げられたバナーフラッグ=いずれも小田原市

 ほかに、小田原駅地下街の階段5カ所にガンダムなどを描いた階段アートを民間主導で21年に設置。市民有志は昨秋から、富野監督を顕彰するミュージアム設置を求める署名活動を始めた。今春オープンした小田原シネマ館は監督作品を順次上映しており、ガンダムの力を待望する空気は民間へも広がる。
ガンダムアートの階段

ガンダムアートの階段

 富野監督は、観光や地域振興に「個人的にはガンダムを出してほしくない」と明かしつつも、今回の協定には「出身地から声をかけられうれしい。82歳の年齢を考えると最後の仕事になるのかもと思う。若者へ伝えられる場、いい機会を頂いた」と歓迎している。
富野監督作品の上映にも力を入れる小田原シネマ館

富野監督作品の上映にも力を入れる小田原シネマ館