「口でもぐもぐして、食べ物を喉に送り込みます。ふたが閉まり肺に食べ物が入らないんです」。模型を使って喉の仕組みを説明するのは新大阪病院(大阪市生野区)の言語聴覚士、松田妃代(きよ)さん(32)。食べ物を飲み込む嚥下(えんげ)機能が低下した患者のリハビリにこうして話しかける。
【別カットでみる】「励みは患者さんや家族からの感謝の言葉」と話す松田妃代さん
言語聴覚士という名称からは、失語症や認知症、聴覚障害などコミュケーションにかかわる障害に携わるイメージが強い。だが、安全に食べ物を飲み込むための嚥下機能の回復にも立ち会う医療職でもある。 このため、受け持つ患者の8割ほどが嚥下障害にかかわるリハビリだ。「どうすれば食べられるか」を見極めることが第一歩。食べ物はどういう形状や柔らかさなら大丈夫なのか。
体に麻痺がある患者は横向き、下向き、ベッドに寝転んで-と飲み込める姿勢を探っていく。 励みは、患者や家族からの感謝の言葉。
「死んだも同然と思っていたけど、こうして家に帰れる」と声をかけてくれたのは、心不全で手術を受け、転院してきた80代男性だった。
当初、人工呼吸器を使用したために鼻からチューブで栄養を取り入れ、寝たきりのような状態。そこから約半年かけ、呼吸の練習と食べる練習を重ね、体力が回復する中で歩く練習までたどり着き、退院を果たす。「部屋で掃除機をかけられるくらいまでになった」。元のような生活に戻れたことを喜んでくれた。
目指すきっかけは偶然だった。大学生のころに講師をした塾で聴覚障害の生徒を担当。その子を通じ、支援学校で療育を担当する「言語聴覚士」という職種を知った。就職活動で悩むころ、姉の友人が言語聴覚士の専門学校に通っていると聞き、興味がわいた。 平成26年に大学卒業後、大阪医療福祉専門学校(大阪市淀川区)で2年制のコースに進む。現場実習ではリハビリの高齢者たちと楽しく接することができ、「福祉の現場で働いてみたい」と思いを強くした。 働き始めて3年目、ある課題に直面した。転院患者の多くが「具材をミキサーで砕いた食事を提供すると、食べてくれなかった」と振り返る。以前の病院でムース食が提供され、見た目や食感の違いに味気なさを感じたようだった。
「うちでもムース食が必要だ」と、先輩職員の力添えを得ながら、調理場のスタッフに相談し、院内の調理場で作れるムース食を試行錯誤の末に開発。病院運営側に導入を掛け合い、約1年かけて提供までに漕ぎつけた。