客は「神様」にあらず(2024年6月2日『産経新聞』-「産経抄」)

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JR静岡駅北口広場にある徳川家康公像=静岡市
 豊臣家が滅ぼされた大坂の陣は、徳川家康のクレームが端緒とされる。「国家安康」と「君臣豊楽」。秀吉供養のため豊臣方が鋳造した鐘の銘文に、家康がかみついた。わが名を分断し、「君主は豊臣」とはどういう了見か―と。
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▼有名な方広寺京都市)鐘銘事件である。家康の追及はしつこかった。京都五山の高僧を味方につけ、豊臣批判の大合唱を繰り広げてもいる。<豊臣家をほろぼすために家康がひねりだした悪智恵というのは、古今に類がない>。司馬遼太郎は大著『城塞』に、そう記している。
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▼徳川が豊臣家を追い詰めた無理筋な要求の数々は、現代の「カスハラ」に通じるものがなくもない。客が従業員に対して見せる威圧的な言動や理不尽な要求を、「カスタマーハラスメント」という。省略形のカスハラが、世の中に定着して久しい。
▼例えば、駅員や店員に侮辱的な言葉を浴びせる。土下座を求める。客の過剰な要求で精神的に追い詰められる人も多いという。大半のサービスは、対価を支払い、受け取るという関係の上に成り立つ。それが「客上位」の誤った発想を生んでいるのだとすれば、考えものである。
▼サービスを巡る感情の行き違いは、誰にも経験のあることだろう。提供する側も人なら対価を払う側も人、「神様」ではない。東京都や北海道では防止条例の制定に向けた動きもある。それぞれが幸せになれるよう、答えを見つける一歩としたい。
▼顧客を意味する「カスタマー」は油断がならない。前につく形容詞によって他の意味に化けることがある。「グッド」が付けば「上客」、「クール」なら「気難しいやつ」になる。おのが胸に手を当て、「やつ」が顔を出さないよう心掛けたいものである。