トランプ氏の有罪評決に関する社説・コラム(2024年6月1日)

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トランプ前米大統領は大統領経験者として初めて有罪の評決を受けた=AP
 
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裁判所に出廷したドナルド・トランプ米大統領(中央)=ニューヨークで2024年5月30日、AP
 

トランプ氏に有罪評決 選挙ゆがめた責任は重い(2024年6月1日『毎日新聞聞』-「社説」)
 
 米大統領経験者が初めて刑事事件で有罪の評決を受けた。共和党のトランプ前大統領である。
 不倫相手に支払った口止め料を不正に会計処理したという。陪審員の全会一致で、起訴された34件すべてが有罪とされた。
 公判では、一貫して無罪を主張した。自身の復権を阻止しようとする「政治的な迫害だ」と訴え、責任回避の姿勢を見せてきた。
 評決後、「不正で恥ずべき裁判だ」と不満を表明し、「真の評決」は11月の大統領選で示されると強調した。
 だが、公判での訴えは完全に退けられた。それを重く受け止めるべきだ。
 問題は、不倫スキャンダルのもみ消しにとどまらない。重大なのは、トランプ氏がカネの力で選挙をゆがめようとしたことだ。
 口止め工作は、初当選した2016年大統領選の直前だった。不利にならないようにする選挙対策の意図があったとされる。
 公判では同様の工作が他にも2件あったことが明らかにされた。組織的、計画的だったことがうかがえる。
 都合の悪い情報をカネにモノをいわせて隠蔽(いんぺい)すれば、選挙の公正さは損なわれる。
 なりふり構わない姿勢は、20年大統領選も同じだった。
 敗北結果を覆そうとして、開票業務に不正に介入したり、連邦議会議事堂襲撃事件を引き起こしたりしたとして起訴されている。
 際立つのは、民主主義をないがしろにする身勝手さだ。指導者として国民より自分の利益を優先する姿は目に余る。評決は、後に控える裁判にも影響を与えよう。
 大統領選に向けてトランプ氏は共和党の候補指名を確実にし、民主党のバイデン大統領と対決する構図が固まっている。
 バイデン陣営は「トランプ氏はかつてないほど民主主義への脅威になっている」と指摘した。
 量刑は7月に言い渡されるが、トランプ陣営は徹底抗戦の構えだ。支持派の上院議員は担当判事を議会に召喚するよう求め、対決姿勢を鮮明にしている。
 ただし、双方が評決を選挙に利用すれば、党派対立は激しさを増すばかりだ。社会の分断がさらに深まることを懸念する。

トランプ氏評決 米のさらなる分断を懸念する(2024年6月1日『読売新聞』-「社説」)
 
 自らに不利な評決を受け入れず、裁判の公正性を否定して政争の具にまで利用しようとする姿勢は、あまりにも身勝手だ。米国の分断がさらに深まる事態を懸念する。
 トランプ前米大統領が不倫の口止め料を不正に処理したとされる事件の裁判で、ニューヨーク州地裁の陪審員が有罪の評決を下した。米大統領経験者が刑事裁判で有罪となったのは初めてだ。量刑は7月に言い渡される。
 事件は、トランプ氏が2016年の大統領選前、当時の顧問弁護士を通じて不倫相手の女性に約2000万円の口止め料を支払い、その事実を隠すため、一族が経営する会社の業務記録に虚偽の内容を記載した、というものだ。
 公判で不倫の事実も不正への関与も否定していたトランプ氏は、評決の言い渡し後に「バイデン政権が政敵を傷つけるためにやったことだ」などと述べて、裁判そのものを批判した。
 本来、国の指導者も一般市民も法の下では平等であり、司法の判断に従うのが法治国家である。指導者を目指す重要人物がその民主主義の大原則を否定したら、司法への信頼は失墜しよう。
 トランプ氏は11月の大統領選に向けて、野党・共和党の候補指名が確実な情勢だ。米国の制度では、有罪になっても立候補は可能だが、そうした人物が大統領を目指すことは極めて異例である。
 深刻なのは、トランプ氏の言動が支持基盤をより強固にしかねないことだ。共和党支持者の中にはトランプ氏の言い分をそのまま受け入れ、民主党・バイデン政権への敵意を強めている人も多い。
 米国の分断と混乱がいかに根深いかを示しているといえよう。
 今回の評決について、トランプ氏は控訴する方向だという。トランプ氏が起訴されている裁判は、このほかにも3件ある。
 4年前の大統領選での敗北を覆そうと票の集計の妨害を図ったうえで、連邦議会占拠を招いた事件への関与は、最も重大だ。これに加え機密文書の持ち出し、ジョージア州の大統領選結果を覆そうとした事件でも起訴されている。
 トランプ氏は、社会の安定を脅かし国内の分断を助長する言動を厳に慎むべきだ。
 ロシアによるウクライナ侵略は長期化し、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃も終わりが見えない。国際秩序の再建に米国の関与は不可欠だ。民主主義陣営を率いる超大国として、責務を果たしてもらいたい。
 

トランプ前米大統領評決が深める米分断(2024年6月1日『日本経済新聞』-「社説」)
 
 トランプ前米大統領が不倫の口止め料を不正に処理した罪に問われている裁判で、有罪評決を受けた。大統領経験者では前例がない有罪の評決は米世論を二分している。米国の分断をさらに深めないかが心配だ。
 トランプ氏は2016年大統領選に不利な情報を隠すため、不倫相手に支払った口止め料を弁護士費用と偽って業務記録に計上したとされる。ニューヨーク州地裁の陪審は34件の罪状すべてで有罪と認定した。検察側は「証拠と法に基づいた結論」と主張した。
 今回の評決で懸念が2つある。一つは米国の分断がさらに加速する展開だ。潔白を訴えるトランプ氏は控訴するとみられ、ジョンソン下院議長ら共和党や支持層の多くは評決に批判を強めている。
 トランプ氏は11月の大統領選に向けて共和党候補の指名を確実にしている。有罪でも立候補は可能だが、バイデン大統領率いる民主党はその適格性をさらに厳しく問うだろう。選挙戦が泥仕合の様相を強めるのは避けられない。
 もう一つは米国の民主主義の信頼性に及ぼす影響だ。世論調査をみると、有罪となれば大統領選でトランプ氏に投票しないと答える有権者が少なくない。とりわけ両候補が競り合う激戦州はわずかな差が勝敗を決するだけに、評決の余波は軽視できまい。
 トランプ氏が大統領選で敗北すれば、支持者らはその結果に異議を唱える公算が大きい。勝利した場合、下級審とはいえ刑事裁判で有罪となった人物が国を統べることに今度は民主党側が反発を強めるだろう。
 大統領選を巡る混乱は米民主主義が機能不全に陥っているとの印象を国際社会に与える。中国やロシアは歓迎するに違いない。
 ほかにも3つの刑事裁判をトランプ氏は抱えている。20年大統領選の結果を覆そうとした疑惑などだ。民主主義の根幹にかかわることを鑑みれば、今回よりも影響は重大である。裁判の進捗を注視しなければならない。