国公立大の学費 値上げは進学機会奪う(2024年5月28日『東京新聞』-「社説」)

 慶応義塾の伊藤公平塾長が中央教育審議会文部科学相の諮問機関)で、国公立大学の学費を年間150万円程度に引き上げるよう提案し、波紋を広げている。
 学費が高い私立大学との公平な競争を促し、大学教育の質を向上させる狙いからとしているが、現行でも学費の工面に苦しむ学生が多い中、さらに値上げされれば、進学の機会を奪いかねない。
 大学の入学者数は、急速な少子化により2040年には約51万人に減ると推計されている。
 伊藤氏は40年以降の高等教育のあり方を議論する特別部会で、少子化の中で教育の質を上げるには国公私立を問わず、公平な競争環境を整えることが必要と主張。
 文科省令で標準額が年53万5800円と定められている国公立大学学費を約3倍に値上げし、奨学金制度の充実も求めた。
 ただ、学費値上げは大学など高等教育も視野に入れた教育無償化という国際公約にも反する。
 政府は1979年、国際人権規約を批准した。当初は高校・大学までの段階的な無償化を定めたA規約の適用を留保したが、民主党政権当時に留保を撤回。自民党への政権交代後も留保を撤回した状態が続く。つまり高等教育の無償化は今や国際的な約束だ。
 東京や大阪では高校の授業料無償化が進んだ。保護者の所得制限を設けず、世帯に対する支援ではなく、子どもの学習権を保障するという目的を明確にしている。
 18歳の大学進学率は今や50%を超え、短大、高専、専門学校を含めれば80%を超える。生活保護世帯や児童養護施設の出身者、障害者の進学率が低いという課題は残るが、大学教育はもはやエリート対象でなく、ユニバーサル(普遍的)の段階に入っている。
 にもかかわらず、授業料値上げにより学費の標準額を超える国立大が増えた。値上げは経済的地位によって教育上差別されないことを定めた教育基本法に反し、学生の選別につながる恐れがある。
 日本では、国公私立を問わず、大学を公共財と位置付け、学費が高い米国型ではなく、無償が基本のヨーロッパ型を目指すべきではないか。
 その理想を実現するためには、国公立大の学費を私大並みに引き上げるのではなく、むしろ私立大が学費を下げられるよう、公的助成を増やすのが筋である。