地方の選挙とはいえ、自民党がまたしても厳しい民意を突きつけられた形だ。国民の政治不信を 払拭ふっしょく できない状況の中で岸田首相はさらに厳しい立場に追い込まれている。
鈴木氏は、県西部の大票田の浜松市の出身で、浜松市に本社を置く自動車大手スズキの支援も受けていた。静岡県政界で強い影響力を持っているスズキの意向を踏まえ、今回、鈴木氏の支持に回った自民の県議や市議もいた。
自民党県連は処分をちらつかせて翻意させようとしたが、かえって県議らが反発し、県連内には混乱が広がった。
ただでさえ派閥の裏金事件で自民の支持が低迷する中、県政界が一枚岩で戦えないようでは、厳しい結果となったのも当然だ。
選挙戦では、首相や茂木幹事長が静岡入りすることは一度もなかった。大村氏を推薦しておきながら、表だっては応援しないというちぐはぐな対応も、党本部の機能不全ぶりを表していよう。
こうした状況に自民内から「岸田首相では衆院選を戦えない」という声が出るのも無理はない。
首相は安倍派の責任が大きいと考えているようだが、首相自身も、就任後に勉強会と称して繰り返し会合を開いていた。大規模なパーティーの開催自粛を定めた大臣規範への抵触が疑われている。
自らを律して、国民と誠実に向き合わなければ、失った支持は取り戻せまい。
大井川の水など環境問題への影響を理由に、川勝氏は工事を認めてこなかった。建設主体のJR東海と意思疎通を図ることさえ後ろ向きだった。
関係者と対話を重ね、リニアを巡る混乱を収拾することも、鈴木新知事の課題である。
静岡知事に鈴木氏 早急にリニア着工容認を(2024年5月28日『産経新聞』-「主張」)
今回の知事選は、川勝平太前知事が県職員への訓示で「野菜を売ったり、牛の世話をしたりとか、モノを作ったりとかと違って、皆さま方は頭脳・知性の高い方」と述べて県内外の批判を浴び、辞任したことに伴うもので、選挙戦ではリニア中央新幹線着工の是非が争点となった。
川勝前知事は、南アルプスを貫通するトンネル工事に伴う環境問題を重視し、「『命の水』を守らなければならない」などとして、任期中に静岡工区の着工を認めなかった。
このためJR東海は今年3月、目標としていた令和9(2027)年の開業(品川―名古屋間)を断念する方針を正式に表明、開業は令和19年以降にずれ込む見通しとなった。
リニア中央新幹線が全線開業すれば、世界に例を見ない人口規模約6600万人の巨大都市圏が形成されることになる。開業の大幅な遅れによる経済的損失は計り知れない。
新知事に選ばれた鈴木氏は、リニア新幹線に関しては「推進派」としながらも、選挙戦中は川勝前知事について「見過ごされていた環境問題を明らかにした」と評価するなど、微妙な姿勢を示していた。
当選後の27日、鈴木氏は報道陣に、「水の問題やアルプスの環境問題、一つ一つの課題に現実的な解決策を見つけていく」と述べた。
「現実的な解決策」が何を指すかなど不透明な要素を残しているが、頑(かたく)なに着工を拒否し続けた前知事の言動よりは一歩前進だ。新知事には、就任後にJR東海との協議を進め、早急に着工容認の結論をだしてもらいたい。むろんトンネル工事に伴う水量減少などの環境問題は、南アルプスに限らず重要だ。JR東海は「現実的な解決策」を県側に示すとともに、十分な対策を講じるべきである。
静岡知事・鈴木氏 前県政から何を学ぶか(2024年5月28日『東京新聞』-「社説」)
勝負を分けたのは、前知事との距離だったようだ。26日に投開票された静岡県知事選で、元浜松市長の鈴木康友氏=立民、国民推薦=が元副知事の大村慎一氏=自民推薦=らを制し、初当選した。川勝平太前知事の手腕を買う「川勝票」を取り込んだことが勝因ともみられ、鈴木氏は、その民意とも向き合うことになる。
自らの失言がきっかけで川勝前知事が突然辞意を表明し、2カ月足らずの超短期決戦となる中、史上最多の新人6人が出馬。川勝前知事が水資源と南アルプスへの影響を懸念し着工を認めなかったリニア中央新幹線・静岡工区に対する姿勢が注目されたが、鈴木、大村両氏とも「推進」の姿勢を打ち出したことで当初は明確な争点とならなかった。
2009年の知事選では、旧民主などが推す前知事が自民などの推薦候補を破り、初当選。その後の自民から旧民主への政権交代の「前触れ」となった。今回も野党は党首級を次々と送り込み与野党対決を強調。一方、裏金問題で逆風の自民は政党色を抑える支援に腐心したが、先の衆院3補選に続く大型選挙での4連敗となった。
分岐点は選挙戦中盤、岐阜県瑞浪市で明らかになった、リニア工事が原因と思われる水枯れ問題。工事が生活上のリスクになる可能性を有権者に実感させ、候補者の間で、JRに対して厳しい姿勢をとり続けた川勝前知事の姿勢を再評価する言葉が相次いだ。
中でも鈴木氏は川勝氏の問題提起を「大きな功績」と高く評価。特に終盤、川勝氏と対立し続けた自民の支援を受け、川勝県政を批判する大村氏との違いを際立たせた。本社の出口調査によると、投票した人の7割近くが川勝県政を評価したが、その半数超を鈴木氏1人が獲得したとみられる。
前知事が、時の政権や大企業と対峙(たいじ)した時、その力の源泉となったのは無論、選挙で託された票だった。リニアを含め課題が山積する県政で、鈴木氏が前知事から何を学び、何を変えるのか、県民は目をこらしている。
「サイテヤーク」は裂いて焼くからウナギのことで「オストアン…(2024年5月28日『東京新聞』-「筆洗」)
「サイテヤーク」は裂いて焼くからウナギのことで「オストアンデル」は押すとアンコが出るからおまんじゅう
▼前にも紹介した昭和初期に流行した言葉遊びで、ものの名を外国語っぽく表現する。「デルトマーケル」も有名な外国語風日本語の一つだろう。今も「デルトマケ」として耳にする
▼岸田首相が狙っているとささやかれる早期の衆院解散・総選挙もこれでは困難か。「デルトマーケル」の今、首相が解散に踏み切ろうとすれば党内は「ヤメテクーレ」の大合唱になりかねない。それでも総選挙にこだわれば岸田おろしの動きも強まるだろう