上野千鶴子氏が語る“おひとりさまの老後と介護” 「義務感からの『呼び寄せ同居』は親孝行とは言えない」「親は子が背負える程度の迷惑をかけたらいい」(2024年5月27日『マネーポストWEB』)

キャプチャ
『おひとりさまの老後』の著者である社会学者の上野千鶴子氏(写真/共同通信社
 高齢者がひとりで最期を迎えるのは、不幸ではない──そう喝破してベストセラーとなった『おひとりさまの老後』の著者である社会学者の上野千鶴子氏(75)。親子が距離を取って暮らす「親不孝介護」が注目されていることを聞くと、「“何を今さら”という感じがします」と切り出した。
 * * *
 高齢の親とその子をめぐる現実は、すでに大きく変化しています。この30年で世帯構成はがらりと変わりました。内閣府の「高齢社会白書」によると、1980年は三世代同居が半数を占めていましたが、現在は10%以下にまで減少しています。
 背景には「家計の共同」の消滅があります。昔の高齢者は、現役引退後は稼ぎがなく、息子や娘に頼らざるを得なかった。それを変えたのが年金制度。三世代同居の時代から世帯内で親子の家計分離が進み、さらに介護保険が始まる2000年頃には、会社勤めを経て国民年金だけでなく厚生年金を受け取れる高齢者も増えた。
 親は子の財布に頼る必要がなくなったし、子も親の財布の面倒を見なくてよくなった。そのため、世帯分離以前に家計分離が進行しました。そもそも親も子も「一緒に暮らしたくない」が本音。そのことが明らかになったのではないでしょうか。
 1980年代は、親夫婦のどちらかが亡くなった後、子の家に移り住む「呼び寄せ同居」が多かったが、幸福度が低いことが分かりました。親は住み慣れた土地から離されて都会の狭い家に住まわされる。昼間は専業主婦の妻が夫の親とふたりきりでストレスをため込む。親も子も不幸だった。
 そういった同居が親孝行と認識された時代がありましたが、愛情からくるものだったかは甚だ疑わしい。その正体は、親をひとりにしておくと周りから責められる、という社会規範や義務感だったと考えられます。だとしたら、そんなもの親孝行とは言えないでしょう。
認知症も乗り越えられる
 年金保険、健康保険、介護保険。この3つの国民皆保険が現状のレベルを維持する限り、“おひとりさまの老後”は問題なく完遂できます。慣れ親しんだ自宅で、ひとりで死ぬことも可能です。
認知症になったら在宅でひとりは不安だ」とおっしゃる方もいますが、全く問題ない。介護保険制度がスタートしてから四半世紀で、認知症ケアは大きく進化しました。認知症対応型通所介護、いわゆる認知症デイサービスは充実しましたし、料理ができなくなったら配食サービスもある。いちばん手がかかるのは動き回る認知症高齢者ですが、それも限られた時期のことなので乗り越えられます。
 しかし現在、こうしたおひとりさま生活を支える介護保険制度が崩壊の危機にある。国はこの4月から在宅介護の要である訪問介護の基本報酬を一律に下げました。倒産する事業所が急増することが懸念されています。
 親孝行したければ別居して距離を取ったほうがいい。それは親のためでも、子のためでもある。そして、それができるのは介護保険のおかげ。よく、高齢者福祉が手厚すぎるという世代間対立を煽る議論がありますが、惑わされないでほしい。
 介護保険があっても、家族の責任が完全になくなるわけではありません。家族には、意思決定という大きな責任が残ります。ですから、親は子が背負える程度の迷惑をかけたらいいし、子は親を見送った時に「哀しい」思いと共に「肩の荷が下りた」という安心感の両方を味わえばよい。それでよいのではないでしょうか。
週刊ポスト2024年5月31日号
キャプチャ2