あきれた〝試験対策〟、最新機器で不正(2024年5月19日『産経新聞』-「産経抄」)

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書類送検された男が早大入試会場で実際に使用したスマートグラス=16日午前10時半ごろ(宮崎秀太撮影)
 
 きのうは夏日になったところが多く、皇居のお堀近くでは早くもトンボの姿を見かけた。「蜻蛉(とんぼ)生(うま)る」は仲夏の季語として歳時記に載っている。<そこばくの風にきらめき蜻蛉生(あ)る>北光星。本来なら、7月半ば頃の点描だろう。
▼別名を「勝ち虫」という。戦国武将の前田利家が、兜(かぶと)の前立てにトンボの意匠を用いたのは知られている。前へ前へと飛ぶ姿が、先人の目には縁起物と映ったらしい。トンボを社名に冠した文具メーカーの鉛筆や消しゴムを愛用し、入学試験に臨んだ元受験生も多いはずである。
▼現代の受験事情には、勝ち虫も目を丸くするしかなかろう。2月に行われた早稲田大学の入試で、通信機能を備えた眼鏡「スマートグラス」を使った不正があったという。SNSで試験問題を外部に流出させた疑いで18歳の男が書類送検された。
▼ネットで「家庭教師」を募り、解答者には報酬を払っていた。担いだのは験ではなく人―というからあきれる。男は2つの学部を受験し、いずれも不合格だった。下準備に時間を浪費し、試験監督の目を盗むために神経をすり減らし、何一つ得るもののない〝対策〟であろう。
▼この手の機器は今後もより進化し、小型化する。使い方を誤るとどんな代償を払わねばならないか、よく覚えておきたい。トンボでさえ後ろに飛ぶすべ、引き返すすべを心得ているというのに。事ここに至っては「眼鏡が狂う」では済まされない。
▼すべての受験生にとって、あまりに重い他山の石だろう。先に触れた会社のロゴマークは、トンボの羽が「∞(無限大)」の形をしている。不正に手を染めた履歴と際限なき後悔は、この先も男をさいなむに違いない。無限の可能性に背を向けた罪である。