離婚後も父母で育児 共同親権、「子の幸せ」双方に責任(2024年5月17日『日本経済新聞』)

 
離婚後の子育てのあり方が大きく変わる
 

離婚後に父母双方が子の親権を持つ「共同親権」を導入する改正民法が17日、参院本会議で成立した。夫婦が別れても「子の幸せ」を優先しながら子育てする責任は父母双方にあると明確になる。ドメスティックバイオレンス(DV)のような個別事情への配慮が欠かせない。

自民、公明、立憲民主、日本維新の会、国民民主各党が賛成した。親権を巡る家族法制の見直しは77年ぶりで、2026年までに施行する。施行前に離婚した夫婦も共同親権を選べる。

脱「ひとり親」 意見不一致なら家裁判断

親権は親が子どもの利益のために世話をして、教育を受けさせたり財産を管理したりする義務と権利などを指す。

 
離婚後の親権者を1人に絞る単独親権を採用する現行制度では「ひとり親」特有の困難を抱える家庭が少なくなかった。養育費が支払われず経済的に困窮したり、仕事と育児の両立に支障が出たりしやすかった。

親権を持たない親には「親子の断絶を招く」との不満があった。子どもとなかなか会えなかったり、進学などの重要な決断に関われなかったりするためだ。面会交流を求める家庭裁判所への調停申し立ては22年に1万2876件と20年前の4倍ほどに増えた。

離婚後の共同親権の導入にはこうした社会問題の解決を後押しする狙いがある。

改正法では離婚後、父母が協議して双方が親権者となる共同親権か、一方のみとする単独親権かを選択する。意見が折り合わない場合は、家裁に申し立てて判断を仰ぐ。

家裁は「子の利益」を害すると判断した場合は単独親権とする。①子へ虐待などの恐れがある②父母間の暴力などの恐れを背景に共同親権の行使が難しい――と認められる場合を想定する。

父母が意に反して共同親権を選ぶことを避けるため、改正法の付則に「真意であることを確認する措置を検討する」と盛り込んだ。法施行までに法務省が具体策を決める。

グローバル化も契機となった。国境を越えた子の連れ去りを防ぐハーグ条約が2014年に日本で発効した。海外で国際結婚した後、離婚した日本人の親が子どもと帰国する事例などが問題になった。現民法は同条約違反と指摘されていた。

主要7カ国(G7)では日本以外の6カ国が共同親権を導入している。

養育費に法定の最低額

養育費の不払いを防ぐ仕組みも取り入れる。離婚時の取り決めがなくても、親権の有無に関わらず最低限の金額を請求できる「法定養育費」制度を創設する。他の債権より優先して請求できる権利を付ける。金額は未定で、省令で定める。

政府は31年までに養育費の受領率を40%にする目標を掲げる。21年時点で養育費を受け取っているひとり親世帯は母子家庭で28.1%、父子家庭で8.7%にとどまる。

スウェーデンでは不払い分を国が立て替え、もう一方の親に国が取り立てる仕組みを導入する。養育費の取り決めを法で義務付ける国もある。

共同親権の導入で、別居している親子の面会を同居親が正当な理由なしに拒むといったトラブルが減る期待がある。調停中でも試行的に家裁が面会を促す仕組みも始める。早期の交流を実現する狙いで、虐待などの恐れがある場合は認めない。

文部科学省によると、共同親権を選択した場合、高校授業料の無償化の対象になるかどうかを親権者2人分の収入を合算して判定する。単独親権よりも受給が難しくなるとの批判がある。

子の進学先など相談必要

子どもに関する事柄は父母双方の同意で決めることが基本になる。受験や転校、パスポートの取得、居住地、生命に関わる手術なども話し合いが必要になる。意見が対立した場合はその都度、家裁が親権を行使できる人を判断する。

 

法務省は「日常の行為」は片方の親が決められると説明する。食事や習い事の選択、ワクチン接種などを例示する。子どもの利益保護に差し迫った事情があれば、例外的に一方の親だけで判断できる。緊急手術やDVから逃れるための転居といったケースだ。

この線引きに曖昧さが残ることが法案審議の過程で問題視された。衆院法務委員会は線引きを周知するガイドラインを制定するよう、政府に求める付帯決議を採択した。

共同で決める範囲は各国で異なる。イタリアは教育、健康、子の居所の選択と具体的に規定している。ドイツは「著しく重要な事柄など」と抽象的に定めている。米国は州ごとに制度が異なり、ワシントンDCはあらゆる内容が対象になる。

DV被害者らを中心に慎重意見も根強く残る。「家裁がDVの有無を適切に認定できるとは限らない」「DVを受けたと言えないまま、離婚後も被害が続く恐れがある」といった懸念がある。

家裁に判断を仰ぐ事例の増加が見込まれる。迅速な審理と当事者の納得を両立できるような体制整備が急務となる。

早稲田大・棚村政行元教授「子どもの利益につながる」

離婚後の父母の責任が明確になり、子どもの利益を中心に考えることができる点で評価している。直ちに面会交流や養育費の問題が解決するわけではないが、離婚後も双方が親であるとの意識を醸成できる。
日本は協議離婚が9割を占める。DVや虐待がある例を除けば、離婚して夫婦が他人になっても、親子関係は終わらせないことが子どもの利益につながるはずだ。
現行制度では子どもの成長に関わりたくても、片方の親は法的に責任を持たないので関係が途切れてしまうことがあった。
病院や学校の混乱回避へ「急迫の事情」のガイドラインが欠かせない。子どもの緊急手術など切迫していた場合は病院は免責されると規定すべきだ。
離婚届の提出時などに、親に離婚後の子どもの心理を知ってもらうガイダンスや夫婦の話し合いを支援する相談機能が自治体には求められる。
オーストラリアのように、片方の親が嫌がらせで訴訟を乱用することや、DV・虐待などへの対策も重要だ。

斉藤秀樹弁護士「父母不和なら適用は不適切」

離婚しても話し合いができる良好な関係なら問題はないが、そうでない場合は子どもの利益が害される懸念があり、不適切だ。
まったく話し合いができない、合意もできない夫婦が離婚後共同親権になってしまった場合、より関係が悪くなる。間に挟まった子どもは、「自分のせいで両親の仲がさらに悪くなる」と考えてしまう可能性がある。
子どもが裁判所に行かなくてはならない事例が増えるだろう。父母が頻繁に関わりあいを持つということは、離婚してもずっと意見の争いが続くことになる。離婚する前よりもさらに関係性が悪くなってしまうという懸念がある。
今回の改正法を見ると裁判所の裁量が大きい。協調関係にある父母以外は共同親権にしない運用が徹底されるべきだ。