地上の不思議が奏でる音、素数ゼミの大発生(2024年5月15日『産経新聞』-「産経抄」)

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羽化した17年周期のセミ(共同)
 明治生まれの歌人、四賀光子に「音」の名吟がある。<ひぐらしの一つが啼(な)けば二つ啼き山みな声となりて明けゆく>。姿は見えずとも、満山に脈打つ鼓動が聞こえてくる。最新のオーディオ機器も顔負けの、音響の美だろう。
▼「ひぐらし」は初秋の季語である。季節を違えた引用に首をひねる向きもあるかもしれない。米国では、わが国に先んじてセミの声が話題になっている。その数、億単位どころか1兆匹との予測もあり、ジェット機並みの大音量が懸念されている。
▼羽化までの周期が13年のセミと17年のセミが、221年ぶりに同時発生を迎えている。13も17も、その数と1でしか割り切れない。これらを「素数ゼミ」と名付けた研究者の吉村仁氏によれば、他の周期のセミと交雑を避け、同じ周期の仲間と出会うための最適な答えだという。
▼氷河期など過酷な状況を耐えるうちに、地中で過ごす時間の長さが羽化のスイッチになったのではないか―。吉村氏は著書『素数ゼミの謎』で、そんな考察を加えている。数学者、岡潔の言葉がそこに重なる。「数学は生命の燃焼によって作る」
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▼異性との出会いを求め、命の限り鳴き抜く。周期が他と滅多(めった)に重ならぬ素数を選ばせたのは、はかない命をあわれんだ数学の神様の導きだろうか。英語では素数ゼミを「マジシケイダ」と呼ぶ。「マジック(魔法)」と「シケイダ(セミ)」を合わせた造語は言い得て妙である。
▼吉村氏は人間をこう評している。「地球が今までになしとげてきた素晴らしい不思議について知っている、唯一の生き物」と。気候変動など予見の難しい変数に満ちた現代である。次の221年後、地上の不思議が奏でる大音量を、子孫はどう聞くのだろうか。