東京15区補選は〝選挙妨害〟で大混乱! このままだと7月の東京都知事選も大荒れ必至! 解決策は!? これからの日本の選挙のカタチを考えよう!(2024年5月17日『週プレNEWS』)

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電話ボックスの上に乗り、乙武陣営に大声でヤジを飛ばすつばさの党の根本良輔氏。こうした行為が選挙妨害と批判された
街頭演説中に大声でヤジを飛ばし、相手候補の演説を聞こえなくする。そんな候補者の行為が"選挙妨害"だと批判を浴びている。これは本当に法律違反なのか? 対策はあるのか? 当事者と専門家に聞いた。
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合法の範囲内でやっているというが......
〝選挙妨害〟か〝言論の自由か〟。
4月28日に投開票された衆院選東京15区補欠選挙で、政治団体「つばさの党」が他陣営の選挙演説などを妨害していたことが批判されている。
この選挙を取材していた『コロナ時代の選挙漫遊記』『黙殺 報じられない〝無頼系独立候補〟たちの戦い』(共に集英社)などの著書があるフリーライターの畠山理仁氏が、その状況を語る。
「告示前の4月13日、乙武洋匡さんと小池百合子東京都知事が東京・豊洲のホームセンター『スーパービバホーム』前で演説をしていたとき、つばさの党の人たちがやって来て『乙武、15年間で5股不倫。5股不倫を許してくれた奥さんに〈俺のことをちゃんと介護しろ。介護しなかったら訴えるぞ〉と言ったのは本当か?』『小池百合子、大学を卒業していないということを元側近の小島(敏郎)さんが言っているし、元ルームメイトも言っている。しっかり説明しろ!』などと乙武陣営の演説にかぶせるように拡声器でヤジを飛ばしていました。
16日の告示日の夕方も、小池都知事がショッピングモールの『アリオ北砂』で応援演説をするということで、警察が道路に進入できないように規制をしていました。
それでも、つばさの党の選挙カーはすでに入っていて、乙武陣営が演説している隣で『われわれは質問をしているんだ。質問に答えろ』などと話していました。表現の自由、選挙の自由を盾に大音量で迫ったわけです。
このとき、つばさの党の妨害は3回目くらいだったので、乙武さんは無表情。とにかく相手の声が届かないようにするため、間をつくらずに話をしていました。
乙武さんは通常であれば、15分から20分ほど話すのに、このときは4分ほどで話を終えています。持ち味であるトーク力をまったく生かせていませんでした。
そして、小池都知事にバトンタッチすると、都知事はヤジに慣れているので全然気にしない様子でした。聴衆に手を振りながら、相手のマイクの音をかき消すほどの大きな声で演説をしていました。ものすごいメンタルの持ち主です。
ちなみに、つばさの党の拡声器よりも、乙武陣営の車のスピーカーのほうが大音量を出せます。そのため、乙武陣営の演説はなんとなくは聞こえていました」
妨害を受けた張本人である乙武氏は、つばさの党の行為をどう見ていたのか。
「当陣営の街頭演説会場に乱入し、マイクや拡声器で誹謗中傷を繰り返し、演説を阻害する。私への接近を試みる中で当陣営のボランティアスタッフを押し倒してケガをさせる。当陣営の選挙カーに対して、あおり運転のようなつきまとい行為を行なうなどの妨害を受けました。
有権者の皆さまが貴重な一票を託す上で、各候補者がどのような政策で、どのような社会を実現しようとしているのかを聞く機会は非常に重要だと考えます。
そうした有権者の権利と自由を奪う今回の妨害行為は、民主主義の根幹を揺るがす蛮行であり、これは『言論の自由』として許される範囲を大きく逸脱していると感じます」(2024年5月17日『』)
乙武氏は、かなり怒っているようだ。一方、つばさの党の根本良輔氏はどう考えているのか。
選挙に詳しい伊藤建弁護士はどうか。
「今回、問題になっている自由妨害罪は、公職選挙法225条第2号に定められています。構成要件は『交通もしくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、または文書図画を毀棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもって選挙の自由を妨害したとき』で、この〝演説を妨害し〟に本件は当たると思います。
では〝演説を妨害し〟という要件の解釈ですが、昭和7年に『拍手の連続で演説の進行を不可能にした』事案について、大審院(現在の最高裁判所)は選挙の自由妨害罪の成立を認めています。
被告人は『自由妨害罪が成立するのは、演説会場を混乱に陥れる場合に限られ、拍手で演説の進行を妨害する軽微な場合は罪にならない』と主張しましたが、大審院は『一時でも演説が聞けなくなれば罪になる』と判断しました。
つまり『有権者は対立政党であるA党、B党、C党の全部の演説を聞く権利がある』ということです。当選を妨げる目的があるかどうかは関係ありません。
一方で『言論の自由があるじゃないか』という反論もあるでしょう。もちろん、妨害する側にも言論の自由はあります。しかし、対立候補にも言論の自由がありますし、有権者に言論が届かなければ意味がありません。そのため、〝他人の言論を妨害する自由〟までは保障されません。
私は、現行法で対応できる限り、公職選挙法の改正はすべきではないと思います。もし『ほかの候補者の選挙カーの近くに選挙カーを止めてはいけない』という規定を作れば、政権与党側は警察に対して『選挙カーを近くに止めた対立候補を取り締まれ』と手を回し、対立候補を潰すことができてしまいます。新たな規制をすることは、自由を手放すことであることを忘れてはなりません」
法改正について、前出の畠山氏も危険があるという。
「法律を作って迷惑行為を取り締まるというのは、明らかに権力者側に都合のいい論理です。少数派の意見やいろいろな人が生きている民主主義の社会の中で、権力者が嫌な質問から逃げることにもつながります。
例えば、小池都知事の都庁での記者会見は、フリーの記者が質問のため挙手してもほぼ当たりません。権力者は有権者が疑問に思っていることを答えなくても済んでいる状況があります。だから、つばさの党が一定の支持を受けているんだと思います」
■つばさの党の真の目的とは......
選挙制度公職選挙法に詳しい日本大学法学部の安野修右専任講師は、次のように考えている。
「今回の問題になっている条文は公職選挙法225条第2号ですが、実はこの条文が何章に書かれているかということが重要で、第16章に書かれています。第16章は『選挙において犯罪行為をしてはいけない』という罰則規定です。
例えば『選挙で贈収賄をしてはならない』『暴力行為をしてはならない』『凶器を持ってはいけない』などです。その論点で考えると、選挙での演説は、ひとつの営業活動と考えられるので、営業活動ができなくなるような状況に追い込む行為は、一般的には力業務妨害となります。
しかし、お互いが営業活動をしていて、たまたま同じ場所になってしまったとき、一方が営業活動で、一方が営業妨害だとはなかなか言いにくい。私はものすごくグレーゾーンだという印象があります」「選挙妨害のように見えるのはわかるんですが、われわれは総務省警察庁に電話で確認して、合法の範囲でやっています。
選挙に出ると『標旗』という旗をもらえます。これを掲げていれば、どこで演説をしてもいい。『ほかの陣営がいた場合でも演説ができますか?』と聞いたら、『禁止するような法律はありません』という回答でした。ということは合法です。われわれは法律的に問題ない範囲でやっています。
でも、警察から警告みたいなのを受けたんです。その警告の内容は『聴衆の聞く権利を阻害した』みたいな感じでした。
ただ、聴衆といってもわれわれの演説を聞きたい聴衆もいるわけです。すると、相手陣営がわれわれの聴衆の聞く権利を阻害していることになる。われわれは、そういうことを警察にも言いました。
今後、警察に呼ばれる可能性はゼロではありませんが、法律を犯していないので、問題がないということがわかればまたやります。
公職選挙法を改正すべきという声がありますが、かなり難しいでしょう。例えば『先に来ていた候補者が演説をしていたら、後から来た候補者は演説できない』という法律は作れないと思います。
また、僕はすでに7月の東京都知事選挙に立候補を表明しています。そして、つばさの党からは別の候補が出る予定なので、僕は新しい政治団体をつくって、そこから出る方向で考えています」
■専門家は現行法で対応できると話す
当事者たちは、それぞれ〝選挙妨害〟〝言論の自由で合法〟と考えているが、専門家はどう見るのか。これまで300を超える選挙に関わってきた選挙プランナーの松田 馨氏が語る。
「日本の選挙運動は、『言論によるもの』と『文書図画によるもの』の大きくふたつに分かれています。その言論による選挙運動の最も一般的なものが街頭演説です。
街頭で聴衆に対し、自分の政策や政治に対する考えなどの〝政見〟を訴え、支持してもらうことを目的に行なうものですから、通常は他候補と演説の場所や時間が重なった場合、お互いに譲り合うなど配慮をします。ほかの候補の演説に割って入ったりすると印象が悪くなり、票が逃げるからです。
しかし、今回は候補者であるつばさの党の根本氏が他候補の演説を大音量で妨害し、その場にいた有権者は演説を聞くことができませんでした。投票先を決める際に、候補者の演説を参考にする有権者はたくさんいます。候補者だけでなく、有権者にとっても非常に迷惑な行為だったと思います。
乙武候補の応援に入った小池都知事が警護対象者であることから、その場に多数の警官がいたにもかかわらず、取り締まりが行なわれなかったことを不思議に思う方がいるかもしれません。
理由のひとつは根本氏にも候補者として『選挙運動の自由』が認められており、警察側も迂闊に手出しができなかったからだと思います。
一方で公職選挙法225条には、選挙の自由妨害罪という規定があります。本来、こうした妨害行為は取り締まられるべきものですが、これまで候補者が他候補に対してここまで執拗な妨害行為を行ない、問題となった事例はありませんでした。
また、私が映像で確認した場面では、彼らは他候補への質問と称する誹謗中傷を繰り返しており、投票依頼も行なっていませんので実態として選挙運動をしていたようには見えません。
選挙後に複数の陣営が刑事告訴を行なうとの情報もありますので、今後、警察が証拠をそろえた上で逮捕する可能性もあると思います。
過去の判例等から考えても、今回の妨害行為は法律違反になる可能性が十分あると思いますが、最終的に有罪になるかどうかは裁判次第です。また、裁判は結果が出るまでにかなりの時間がかかるため、早急な対策が必要です。
今、国会で公職選挙法改正の動きがあります。法改正がなくとも、総務省が選挙の自由妨害罪について改めてガイドラインを示すことなどができれば、警察が取り締まりをしやすくなり、一定の対策になるでしょう
うやら、専門家の間でも今回の行為が選挙妨害に当たるかどうかは意見が分かれるようだ。安野氏が続ける。
「では、なぜ選挙妨害のような活動をしているのかというと、妨害活動をすることでマネタイズできてしまう環境があるからだと思います。ひとつにはユーチューブなどで収益が得られるというのがありますが、私はそれよりも将来的に政党交付金を得るための活動だと思っています。
つばさの党は東京15区補選で1100票を獲りました。得票率は全体の1%弱ですが、この1%弱という数字がポイントです。これは、今後の活動次第で2%以上になる可能性があり、2025年7月の参議院選挙の比例で1議席取れるかもしれない数字なんです。
政党交付金の交付対象となる政党は『国会議員を有し、前回または前々回の参議院通常選挙比例代表もしくは選挙区選挙で得票率が2%以上の政治団体』です。25年の参院選の前に知名度が高まるような選挙に候補者を出していれば、参院選で2%を獲ることができるかもしれない。
政党交付金は年間で2億円くらいもらえる可能性があります。参議院の6年間だと10億円以上です。そのお金が目当てだとしたら、多少のひんしゅくを買ってでも知名度を上げる行動をするでしょう。それが、グレーゾーンでの活動に結びついているのではないでしょうか。
また、公職選挙法を改正するという声もありますが、私は規制するのではなく、緩和する方向であれば賛成です。
現在の選挙カーを使った演説を中心とする選挙運動だけではなく、完全に自由化する。選挙演説以外にも、CMやネガティブキャンペーンなどもできるようにする。すると、演説現場で文句を言うという戦術が取りづらくなると思います」
ほかに、選挙妨害を防ぐ対策はないのだろうか。畠山氏はネットなどを使った演説を提案する。
「候補者が乗っている車をガラス張りの防音スタジオにして、その中でユーチューブ中継をします。そのときに『イヤホンやヘッドホンを持ってきてください』と言って、車の中から演説をし、スマホなどで聞いてもらえば、聴衆に演説内容が届くのではないでしょうか」
つばさの党が投げかけた選挙妨害問題。6月20日告示、7月7日投開票の東京都知事選までに、なんらかの解決策が出るのだろうか。そして、今後、選挙のカタチはどう変わっていくのだろうか。
取材・文/村上隆保 写真/時事通信社