こどもの日に考える 魔法使いになれる店(2024年5月5日『東京新聞』-「社説」)

キャプチャ
 
 奈良県生駒市近鉄生駒駅から南へ徒歩1分、4階建てのビルの1階の黄色いのれんが目印です。「まほうのだがしやチロル堂」。2021年8月開店のちょっと変わった駄菓子屋です。店名は「チロルチョコ」に由来します。
 のれんをくぐると入り口のわきに、1台の“ガチャ”=写真(右)=が置かれています。
 18歳以下の子ども専用。1人1日1回限定。100円を入れてガチャを回すと、カプセルに入った小さな木札が出てきます。「チロル」と呼ばれる店内通貨=写真(左)。1チロルで100円分のお菓子が買える仕組みです。
 運がよければ、2枚、3枚入っていることもあり、子どもたちは期待を込めて、まずガチャを回します。
 驚くのは売り場の奥にある飲食スペース。「たっぷり玉ねぎと牛のまろやかカレー」(500円)やホットケーキ(480円)、ポテトフライ(300円)やハムカツ(150円)などが、チロル札を持つ子どもならすべて1チロルで食べられます。
「チロる」を味わう
 暗黙のルールが三つほど。ごみを散らかさない、道路にはみ出して自転車を止めない、学校から直接来ない-。
 食事の後はその奥の座敷に上がり、宿題をしたり、ゲームをしたり、本を読んだり、備え付けのキーボードで「ねこふんじゃった」を奏でたり、ただ、ボーッとしていたり…。思い思いに時間を過ごせます。
 平日には数十人、休日には200人以上がチロルの魔法を求めて押し寄せることもあるそうです。
 それにしても100円が100円以上の価値を生む、子どもたちにとってチロルは魔法の通貨。どうしてそんなことができるのでしょう。
 魔法はやっぱり、夜の間につくられます。
 午後6時半、子どもたちが帰った後、駄菓子屋は、のれんを紺色にかけ替えて「チロる酒場」に早変わり。そこからは、大人の時間です。
 今ならば「ふきのきんぴら」(500円)「春キャベツとしらすの柚胡椒(ゆずこしょう)あん」(600円)「タケノコと豚バラの炊きこみごはん」(同)…。旬の素材にこだわった本格メニューを味わうことができると好評で、グルメサイトにも載っています。駄菓子屋の延長ではありません。
 「チロる酒場」では、ドリンク1杯、おつまみ1品につき1チロル=チロル札1枚を受け取って、チロル堂に寄付することになっており、寄付することを「チロる」と呼んでいます。大人たちがチロった寄付がガチャを通じて子どもたちのもとへ届きます。酒場で飛び交う「チロる」は魔法の言葉です。
 「無関心の壁を乗り越えて、地域ぐるみで子どもを育てる文化をつくりたい。近所付き合い、PTA、町内会…。地域のつながりが希薄になっていく中で、子どもたちを真ん中に、きずなを結び直したい」と、チロル堂を運営する共同代表の一人、一般社団法人「無限」代表理事の石田慶子さん。「この場所が、そんな地域づくりの入り口になればいい」と思っています。
 
キャプチャ
 
 子どもたちはガチャを回して、チロル札の魔法を味わいます。大人たちは酒と肴(さかな)を楽しみながら、魔法使いになった気分にひたります。杯を重ねて獲得したチロル札を、寄付する前に一枚一枚、カウンターに積み上げて、「ここでは、飲めば飲むほど、褒められるんや」と、うれしそうにつぶやく常連客もいるのだとか。魔法にかかるのは、子どもたちだけではなさそうです。
 子どもと大人が魔法の木札を仲立ちに、地域の中で、かかわりを深めていく。そんな活動は広がりを見せていて、22年7月には、金沢店もできました。
今、何ができるのか
 さて新緑の候。あちこちで、こいのぼりを見かけます。
 大人のコイと子どものコイが、薫風をはらんで仲良く泳ぐ様子をぼんやり眺めているうちに、自分自身に問うてみたくなりました。子どもたちの未来のために、今何ができるのか。何をチロれるか。
 きょう、こどもの日。子どもたちとのきずなを強める日。