被災家屋の公費解体 円滑な実施へ環境整備を(2024年4月25日『毎日新聞』-「社説」)

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被災した家屋の解体は生活再建の一歩だ=石川県珠洲市で2024年2月29日午後2時40分、大西岳彦撮影
 
 被災地の復興に欠かせない事業である。円滑に進める環境を整えなければならない。
 能登半島地震で損壊した家屋を自治体が解体処分する「公費解体」の受け付けが本格化している。全半壊の家屋を対象に、国と自治体が費用を負担する制度だ。
 しかし、申請手続きに関わる課題が明らかになっている。
 私有財産の処分にあたるため、所有者の同意が必要となるが、名義が故人のままになっている家屋は少なくない。相続権者が多数いたり、所在不明になっていたりするケースもある。
 能登の被災地でも、権利者全員の同意を得るのが困難だという相談が申請者から多数寄せられ、自治体が対応に苦慮している。
 事業が滞らないよう、国が助言に乗り出した。
 環境省は、裁判所から建物取り壊しの許可を得る制度の活用を自治体に呼びかけている。空き家対策として導入された制度だが、相続権者の所在が不明の家屋にも適用が可能だ。
 また、解体後に所有権を巡る争いが生じた場合に備え、申請者が責任を持って対処するとの「宣誓書」を事前に提出してもらう方法も示している。
 だが、自治体の担当者からは実効性を疑問視する声が出ている。
 裁判所を介する手法については、手続きに数カ月かかることが課題だという。宣誓書方式は、無断で財産処分されたと主張する相続権者から賠償請求されるおそれがある。
 所有者がわからない不動産が全国的に増加しているのを受け、相続した不動産の登記が今月から義務化された。復興の推進にもつながる制度だが、定着には時間がかかる。
 石川県は2025年10月までの公費解体の完了を目指すが、対象家屋は約2万2000棟に上ると推計される。計画通りに進めるには申請手続きをスムーズに行える仕組みが欠かせない。
 トラブルのリスクを軽減するガイドラインなどの作成を、国と自治体が連携して整備すべきだ。
 公費解体は、住まいを失った被災者が生活再建を始めるうえでの重要な一歩である。事業の着実な実施は行政の責務だ。