番記者だった若き日の渡邉恒雄氏(読売新聞グループ本社主筆)を懐刀とし、政界工作のため縦横に使ったという自民党元副総裁の大野伴睦。その立像がある東海道新幹線・岐阜羽島駅から車で5分ほどの距離に、孫にあたる大野泰正参院議員(1月に自民党を離党)の地元事務所がある。
【画像】あまりに不自然…!大野議員の”疑惑の申込書”を独占入手…!
自民党の派閥が政治資金パーティー収入の一部を裏金化した問題で、昨年末に東京地検特捜部による捜査が本格化すると、薄緑色の外壁が特徴的なこの建物は、連日のように記者たちにとり囲まれるようになった。大野議員には、派閥から裏金を受けとった国会議員のうち、最も多い約5100万円が還流された疑いが持ち上がったのだ。
「東京地検が1月19日に、政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で大野さんを在宅起訴すると、地元の支援者のもとに大野さんから電話が入るようになりました。
一人娘の写真を待ち受けにしていた携帯電話は、東京地検に押収されたので、地元事務所の固定電話などから連絡してきた。捜査が落ち着いた現在は、週末を中心に地元に帰ってきていますが、記者たちの目を避けるため岐阜羽島駅では降車せず、一つ手前の名古屋駅を使うこともあるようです」(自民党岐阜県連関係者) 起訴後の会見で「やましいことはございません」と裏金疑惑を否定した大野議員。派閥パーティー券を購入した支援者によると「大野さんは『(当時所属していた)安倍派から金はもらったが、いっさい手をつけていない』と説明してくれた」といい、使途にやましい点がないことも自信の根拠になっているようだ。
世間を騒がせた〝政治とカネ〟の問題は司法に委ねられたが、大野議員には「議員特権」をめぐる別の問題がある。それが「国会議員用鉄道乗車証」、いわゆる「JR無料パス」の不正利用疑惑である。
「JR無料パスは名刺大のカードで、歳費法にもとづいて国会議員に与えられます。駅の有人改札でパスを示せば、無料で全国のJR路線に乗れる。特急券も無料で、新幹線を使う際はグリーン席で移動できます。こうした特権を受けられるのは国会議員本人に限られ、秘書ら事務所関係者や議員の親族などは利用できません。 ’23年度は、衆参両院あわせて約5億円の税金によって賄われている。
それにもかかわらず過去には、週刊誌によって、麻生内閣の官房副長官や山尾志桜里衆院議員(当時)が不正に使用した疑惑が指摘されています」(全国紙政治部記者) この新たな疑惑を裏づける根拠となるのが、大野議員が新幹線利用時に、JRの窓口に提出したと考えられる「国会議員指定席・寝台申込書(以下「申込書」)」である。
申込書には国会議員の氏名や鉄道の利用区間などを書き込み、窓口で特急券と交換する。一方、本誌が入手した申込書のなかには、物理的に1人では利用できない矛盾した申込書が存在するのだ。具体的には次のとおりで、いずれも ’21年のものである。
①4月9日10時21分東京発の新幹線のぞみ221号(新大阪まで)/4月12日10時57分新大阪発のぞみ222号(東京まで)
②4月10日18時●●分東京発●●号(岐阜羽島まで) ③4月11日14時35分岐阜羽島発ひかり643号(京都まで)/同日15時23分京都発のぞみ35号(広島まで)/4月13日8時42分広島発のぞみ8号(福山まで) 申込書②は、手書きの文字が不鮮明だったり、未記入だったりした部分を伏せ字とした。
申込書①と②は、東京駅で押されたとみられる乗車当日の日付入りの検印が確認できるほか、③にも乗車当日の日付で岐阜羽島と書かれた検印が認められる。これらはいずれも大野議員本人、もしくは事務所関係者が窓口で申込書を見せ、その場で特急券が発行されたものだと考えられる。
大野議員本人に加え、事務所関係者も窓口を訪れた可能性があるのは、次のような事情があるからだ。 「窓口での指定券(特急券も含まれる)の発行は、申込書の提出だけで対応しています。
この申込書はJRの旅客各社が作成し、衆参両院を介して各国会議員の事務所に配布している。このため申込書を所持しているのは、国会議員やその正当な代理だけという前提で考えています。そのうえで国会議員には、鉄道利用時に、改札などでJR無料パスを提示していただいています」(JR東日本)
申込書の検証に戻ると、①のように、大野議員が4月9~12日の期間に大阪に滞在していたとすれば、申込書②と③を使って、岐阜や大阪に移動することはできないことになる。
ただ、別途、乗用車で移動したり、自費で新幹線に乗車したりすれば不可能ではないが、そのような移動は不自然である。 疑惑の申込書はほかにも存在する。
④10月8日10時00分東京発のぞみ219号(新大阪まで)/10月10日10時57分新大阪発のぞみ222号(東京まで) ⑤10月10日20時15分(岐阜)羽島発ひかり664号(東京まで) ⑥10月11日12時10分東京発のぞみ31号(名古屋まで)/10月11日14時00分名古屋発しなの号(多治見まで) これら3つの申込書だけを見ると矛盾はないが、大野議員のフェイスブックなどによると、10月9日に岐阜県内で政治活動を行っていたことがわかる。
すると、申込書④と⑤を合理的に説明するためには、10月8日から9日にかけて東京、大阪、岐阜と移動し、10月9日から10日に岐阜、大阪、東京、岐阜、東京と移動しなくてはいけなくなる。
こうした新幹線の不自然な利用状況について、大野議員を直撃したが「ちょっとわかんないな」などと言うのみ。あらためて文書で尋ねると、おおむね次のような回答があった。
〈申込書②については地元の首長選挙の応援のため、③は参院広島選挙区の再選挙の応援や、コロナ禍による影響を受けた旅館業者の視察などで利用したものだと思われる。⑤は自民党岐阜市支部のセミナーに登壇するなどしたあと、帰京時に私が利用したと思われます〉 一部で新幹線の利用を認めた一方、残りの申込書に関してはこう回答した。
〈元参院議員のA氏(回答では実名)が、私の名をかたって不正に利用したものと考えられます〉 これはどういうことか。A氏は’22年、現職のときに受けとったまま返却せず、期限が切れたパスを使って新幹線に乗車したとして、愛知県警に詐欺容疑で逮捕されているのだ。
「公判では、A氏が申込書に大野議員の氏名を記入し、JRの窓口で特急券の発券を受けていたことが明らかになっています。大野議員は事件に巻き込まれていたのです」(地元記者) そうなると本誌が入手した申込書は、A氏が偽造したものということになるのか。
しかし、この大野議員の説明を鵜呑みにすることはできない。A氏の代理人弁護士が語る。 「A氏は有罪判決を受けたあと、(被害者の)JR東海側とも協議し、不正乗車の全容解明に努め、被害弁償を行っています。
その結果、申込書①と④のように、東京から新大阪を移動したことはなかったことがわかっています。実際にA氏は、通院などのため、主に自宅最寄りの名古屋から、病院のある東京の区間で新幹線の乗車を繰り返していた」 大野議員の説明の信憑性を揺るがす証言はほかにもある。本誌は、大野議員の署名が書かれた資料を入手。
そこで、大野氏が「A氏が自分の名前を使って不正利用した」と主張している申込書のうち、一見して筆跡が資料と似ていた①と④を専門家に鑑定してもらった。
日本筆跡鑑定協会の事務局長で、田村鑑定調査(横浜市)の田村真樹・代表鑑定人が語る。 「鑑定の結果、申込書①と④の署名と、資料の署名はそれぞれ『同質な筆跡』と結論づけました。つまり、これらはすべて同一人物が書いた筆跡である可能性が高い。 申込書と資料が異なる筆記具で書かれていたので、鑑定の精度には一定の限界があります。それを踏まえても、『大』の字の1画めと2画めの位置、3画めの始点などが類似している。また『野』の1画めと2画めの間に空間があること、『泰』の4画めと5画めの角度や長さも似ている。
氏名の4つの漢字の大きさのバランスといった観点からも、類似性が指摘できます」 申込書①と④について、大野議員本人が書いたという仮定のもとであらためて検証してみよう。 これらはいずれも東京と新大阪間の往復分だった。
前述したように、申込書①と②と③は一部期間が重複している。また、②と③はそもそも大野議員が利用したことを認めていることから、筆跡鑑定によって、矛盾はいっそう強まったといえる。
一方、10月8日午前10時に東京駅を出発したことになっている申込書④についても疑惑は深まった。
なぜならばこの日、国会の衆参両院では、就任したばかりの岸田文雄首相が所信表明演説に臨んでいたのだ。 国会における重要行事の一つを欠席する国会議員など考えにくい。
実際に、大野事務所に書面で確認すると〈’21年10月8日、参議院本会議に出席しました〉と回答した。参議院で岸田首相の演説が始まったのは午後3時過ぎだったため、東京と新大阪を往復することは可能だ。
しかし、そのような説明はあまりに無理筋である。 したがって、申込書①を含むケースも、④を含むケースも、合理的に説明するには第三者の存在を想定する必要がある。
たとえば、大野氏が申込書に自ら必要事項を記入して、ある人物に手渡したとする。前述したように、JRの旅客各社では、JR無料パスがなくても、申込書さえあれば特急券を発行しているため、大野氏から申込書を受けとった人物は、東京駅の窓口で特急券を無償で受けとることができる。
その人物は、乗車券代は自ら負担したのかもしれない。しかし、無償で手にした特急券と合わせて新幹線を利用し、東京と新大阪間を通常より安価に行き来することができたーー。 つまり、大野議員は、申込書を含むJR無料パス制度の〝隙間〟を突いて、不正使用していた可能性があるのだ。裏金事件の渦中にある大野議員に、新たな疑惑の目が向けられている。
取材・文:宮下直之(ノンフィクションライター) naoyukimiyashita@pm.me
FRIDAYデジタル