防災だけじゃもったいない 広がる「やさしい日本語」解説(2024年4月14日『毎日新聞』)

多摩六都科学館で、「やさしい日本語」でのプラネタリウムの上映開始を待つ、外国をルーツとした子どもたち=西東京市で2024年3月24日、原奈摘撮影

多摩六都科学館で、「やさしい日本語」でのプラネタリウムの上映開始を待つ、外国をルーツとした子どもたち=西東京市で2024年3月24日、原奈摘撮影

 「これを木星と言います。地球よりも大きいです。木星は遠くにあります――」。静かなプラネタリウムに、短く分かりやすく区切った言葉が響く。災害時、日本で暮らす外国人たちにも大切な情報を届けるための「やさしい日本語」を取り入れる科学館や美術館が増えている。導入の背景には利用者だけでなく、スタッフたちにとっての「やさしさ」もあるようだ。

 多摩六都科学館西東京市)は3月、やさしい日本語で解説するプラネタリウム上映会を開催した。参加者の多くは、外国をルーツとした子どもたちだ。米国出身で中学2年の女子生徒(14)は終了後、「(説明が)全部分かった」と笑顔を見せた。引率していた日本語教師の女性は「日本語での授業を全て理解できた経験がほとんどない子たち。自信にもつながったと思う」と喜んだ。

多摩六都科学館では、プラネタリウム上映前に解説で使う言葉の特徴を事前に伝えていた=西東京市で2024年3月24日、原奈摘撮影
多摩六都科学館では、プラネタリウム上映前に解説で使う言葉の特徴を事前に伝えていた=西東京市で2024年3月24日、原奈摘撮影
 

 やさしい日本語は1995年の阪神大震災をきっかけに、情報を分かりやすく外国人にも伝えるため、防災の分野で使われるようになった。簡単な言葉を短く、はっきり言い切るのが大切だという。この日のプラネタリウムの解説員、成瀬裕子さん(45)は「赤ちゃん(に話すような)言葉にするのとは違う。難しい敬語は使わず、『です』『ます』を崩さないことがポイント」と話す。

 館は2019年度から3年間、文化庁助成金を受けて「地域の多文化共生推進プロジェクト」を実施した。当初は、東京オリンピック開催で増加が見込まれたインバウンド(訪日外国人)向けに「多言語化」を目指したという。実際、日本語と英語に加え、中国語と韓国語のパンフレットを作るなどの準備を進めていた。

転機はコロナ禍

多摩六都科学館で、「やさしい日本語」でのプラネタリウムの上映開始を待つ英国をルーツとする一家=西東京市で2024年3月24日、原奈摘撮影
多摩六都科学館で、「やさしい日本語」でのプラネタリウムの上映開始を待つ英国をルーツとする一家=西東京市で2024年3月24日、原奈摘撮影
 

 その時、襲ってきたのがコロナ禍だった。訪日客の激減は、以前から日本で暮らしている外国人たちに焦点を当てる転機になった。広報担当者は「やさしい日本語を使えば、もっと多くの人が来てくれる科学館になるのではと考えた」と振り返る。

 その後、やさしい日本語でのプラネタリウム▽魚の観察▽科学実験――など、取り組みを重ねた。そこで見えてきた、やさしい日本語を使うメリットが二つあった。一つは、さまざまな国の人に同時に対応できること。もう一つは、スタッフ側の取り組みやすさだ。成瀬さんは「外国語での対応は『できる人』任せになってしまう。やさしい日本語なら『やってみよう』と思える。きっと皆さんにもできますよ」と語る。

課題はPR戦略

東京都庭園美術館のワークショップで作品を発表し合う子どもたち。外国をルーツとする子どもも参加した=フォトグラファーの井手大さん撮影
東京都庭園美術館のワークショップで作品を発表し合う子どもたち。外国をルーツとする子どもも参加した=フォトグラファーの井手大さん撮影
 

 「柿がある!」「魚もある!」。食材をかたどった装飾品がある部屋に、子どもたちの歓声が響いた。東京都庭園美術館(港区)も、やさしい日本語のワークショップ「どんな家で遊びたい?」を3月に実施した。旧朝香宮邸の本館を見学した後、さまざまな材料で理想の家の見取り図を作るプログラムだ。子どもたちが声を上げた部屋は、食堂として使われていた。

 学芸員の大谷郁さん(33)が写真を見ながら説明する。「ここは家でした。家族が住んでいました」。元の文は「皇族の邸宅でした」だったという。大胆に言い換えたおかげか、外国をルーツとした子どもたちも「難しいところはなかった」と口をそろえた。

 館は21年から、やさしい日本語でのプログラムを年に1回実施している。今年は公式ホームページ上に英文でも告知し、集客を図った。しかし外国をルーツとする子どもの一般来場者は1人で、他に難民などを支援する社会福祉法人に個別に声をかけて4人が来てくれた。残りの参加者約10人は全て日本人だった。

やさしい日本語で東京都庭園美術館について説明する学芸員の大谷郁さん=フォトグラファーの井手大さん撮影
やさしい日本語で東京都庭園美術館について説明する学芸員の大谷郁さん=フォトグラファーの井手大さん撮影
 

 都によると、都内の外国人人口は約65万人(1月現在)で、前年の同じ時期から約6万6000人増えた。そうした人たちに情報が思うように届いていないのが課題で、大谷さんは「日本の文化的な場で、子どもを教育したいという親も多いはず。親世代へのアプローチも考えたい」とする。

 こうした動きは全国である。福岡市美術館(福岡市中央区)は、やさしい日本語での展示見学ツアーを22年から4回実施した。ガイドブックもやさしい日本語で作成した。

 岡山市内の五つの美術・博物館は23年、やさしい日本語活用に詳しい高尾戸美国学院大兼任講師(博物館学)をアドバイザーに迎えた。岡山県立美術館岡山市北区)はやさしい日本語でのワークショップ、林原美術館(同)ではパネル展示にそれぞれ取り組んだ。高尾さんによると、全国30以上の博物館や美術館で同様の活動が展開されているという。高尾さんは「学芸員は正確さを大事にして言い換えを嫌う部分もある。しかし誰もに分かりやすいというのは博物館にとって絶対に重要になる」と話す。

 東京都つながり創生財団によると、都内在住・在勤・在学外国人205人を対象に「知りたい情報のチラシをどの言語で読みたいか」を22年にウェブアンケートで尋ねたところ、最も多かったのは「やさしい日本語」(38・5%)で、「英語」(26・8%)や「母国語のチラシがあれば読む」(12・2%)を上回った。担当者は「多くの外国人がやさしい日本語を歓迎している。防災、行政といった分野から教育や医療、福祉、観光、文化、メディアへと広がっている。多くの場でますます活用されていくと思う」と話した。【原奈摘】