工藤会判決 「推認」での処罰 限界示す(2024年3月14日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 直接の証拠がないのに、犯罪に関与したと「推認」して処罰することは、刑罰権の乱用につながる危うさをはらむ。そのことを重く見た判断だろう。

 特定危険指定暴力団工藤会が関わった4事件の裁判だ。総裁の野村悟被告に対し、福岡高裁が、一審の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡した。元漁協組合長の射殺事件について共謀を認めず無罪とし、死刑の量刑は維持しがたいと結論づけた。

 射殺事件があったのは1998年。野村被告はまだ工藤会総裁ではなく、傘下の田中組の組長だった。一審の地裁判決は、野村被告が港湾利権に重大な関心を抱き、上意下達の組織性から組員らに指示したことが推認できるとして、殺人の共謀を認定した。

 根拠とした宴席での発言について高裁は、殺害もやむを得ないと考えたと評価するのは飛躍があると指摘した。その上で、田中組の当時の意思決定のあり方は不明と言うほかなく、共謀を認める証拠はないと述べている。

 市民の命を奪った重大な犯罪であり、組織的、計画的に実行されたことを含めて、厳しく刑事責任が追及されなくてはならない。だからといって、曖昧な根拠で事件への関与を罪に問うことが認められるわけではない。

 刑罰権の行使に対する縛りが緩めば、暴力団以外にもその影響は及ぶ。市民の不当な逮捕や処罰につながりかねない。それは人権保障の根幹を危うくし、民主主義の基盤を揺るがす。一審の推認の根拠を見直した高裁判決の意味を再確認したい。

 そのほかの3事件も、市民が襲撃されている。殺害にこそ至らなかったものの、工藤会の捜査に関わった福岡県警の元警部が2012年に銃撃されて重傷を負い、13年に看護師、14年には歯科医師が刺されて、負傷した。

 いずれも野村被告が工藤会の総裁になってから起きた。高裁は、3事件については一審の判断を踏襲している。組織の厳格な序列の下、頂点に立つ野村被告が最終的な意思決定をしていたとして、共謀を認定した。

 死刑判決が破棄されたとはいえ、野村被告は重い刑罰を免れてはいない。総裁に次ぐ会長の立場にあった田上不美夫被告については、4事件のすべてに関与したことを認め、無期懲役とした一審判決を維持した。

 地裁、高裁とも、組織を率いた2人の責任を厳しく問うている。その判断は揺らいでいない。

 

工藤会高裁判決 重い有罪維持、壊滅に進め(2024年3月14日『西日本新聞』-「社説」)

 日本で最も凶悪な反社会的組織を、壊滅に追い込まなければならない。警察と地域住民が、その決意を新たにする再出発点と考えたい。

 市民を襲撃した4事件で殺人罪などに問われた特定危険指定暴力団工藤会北九州市)トップで総裁の野村悟被告(77)に対する控訴審判決で、福岡高裁が一審福岡地裁の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡した。

 看護師刺傷事件など3事件を有罪とする一方、最も重い罪に問われた1998年の元漁協組合長射殺事件について無罪としたことで、死刑が回避された。

 福岡県警や検察にとっては、野村被告の逮捕に踏み切った中核の事件で、有罪立証が否定されたダメージは小さくないだろう。

 高裁は「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則の下、高度な立証を求める刑事訴訟法を厳格に捉えたと言える。野村被告は射殺事件当時はトップではなく2次団体の組長だったとして、実行犯と共謀した直接証拠はなく、一審判決が組織的に意思決定したとするほどの推認力は乏しいと結論付けた。

 もとより、直接証拠に乏しい一審の有罪判決が他の刑事事件に拡大解釈されれば、冤罪(えんざい)を生みかねないとも指摘されていた。いかなる刑事裁判でも、精緻な有罪立証が不可欠であることを、捜査当局は改めて肝に銘じてほしい。

 その一方で高裁は、発生時に野村被告がトップに就いていた他の3事件については、同被告の関与を推認した一審判決をほぼ支持した。

 同じ4事件により一審で無期懲役を言い渡されたナンバー2の会長田上不美夫被告(67)の控訴も棄却した。つまり高裁は、上意下達が徹底された工藤会の強固な組織性を一審判決に続いて認定したのである。この意義は重い。

 両被告を巡る共謀の推認について、間接証拠の積み重ねにより合理的と判断した。

 一概に推認を否定しなかったことは、今後の暴力団捜査や組織犯罪対策に大きな意味を持つことになろう。暴力団事件は、上位者が刑事責任を免れるよう巧妙に計画されるからだ。

 両被告の弁護人は上告した。暴力団という特異な組織を巡る立証責任を、最高裁がどう判断するか注視したい。

 工藤会暴力団排除活動に積極的な市民らを狙った襲撃や発砲事件を繰り返した。同会系組員が市内のクラブに手投げ弾を投げ込んだり、福岡県条例に基づき組員の入店を禁止する標章を掲示した店の従業員が切りつけられたりして、地域は恐怖に陥った。

 それでも市民は県警の壊滅作戦に呼応した。同会本部事務所は取り壊され、事件数も格段に減った。しかしなお、構成員などは昨年末時点で240人に上るとみられる。

 今回の判決を冷静に受け止め、官民一体となって地域の平和を取り戻したい。

 

工藤会 高裁判決 暴力追放さらに続けたい(2024年3月14日『熊本日日新聞』-「社説」)

 北九州市の特定危険指定暴力団工藤会が関わった市民襲撃4事件で、福岡高裁工藤会トップの総裁、野村悟被告(77)の一審死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡した。元漁協組合長射殺事件への関与を否定し、殺人罪には当たらないと判断した。

 野村被告が直接犯行を指示、関与した証拠はなく、間接証拠のみで刑事責任を問えるかどうかが争点だった。殺人罪が一転して無罪となったのは、被告が総裁に就く前に起きた事件であり、工藤会の意思を示したかどうか分からないと厳格に見極めたからだ。

 それでも、総裁当時の3事件は一審判決を踏襲し、組織的犯罪の責任をトップに負わせる厳刑を維持した意義は重い。暴力団捜査は関係者の供述を得るのが難しく、犯罪が「暗黙の了解」で実行されるケースもあろう。工藤会に限らず、暴力団の弱体化につながる最高幹部の立件を後押しする司法判断に違いない。

 一審判決は、上意下達が徹底された工藤会の組織性を踏まえ、野村被告には「実行役との共謀が認められる」と結論づけた。控訴審では、4事件とも「首謀者」だったのかが改めて争われた。

 このうち射殺事件で、高裁判決は「意思決定の在り方は不明としか言いようがない」と共謀を認めなかった。野村被告の地位や発言から殺害動機、指示があったとした一審判決を「飛躍がある」「推認力が乏しい」と指摘した。間接証拠の積み重ねによる有罪立証を厳しく審理した結果、慎重かつ妥当な結論を導いたと評価できるのではないか。

 野村被告は4事件とも無罪を主張していたが、高裁は射殺事件を除く組織的殺人未遂の3事件で共謀を認めた。ナンバー2の会長、田上不美夫被告(67)についても無期懲役の一審判決を支持し、控訴を棄却した。工藤会の組織的犯行とトップの責任を断罪し、福岡県警の「頂上作戦」を支える判断に変わりはない。

 両被告の弁護人は判決を不服として上告した。直接証拠がなくても組織の実態を解明できれば、トップの刑事責任を問えるのかどうか。警察などは組織犯罪の捜査を進めやすくなる半面、証拠不足を許容する捜査には一定の歯止めが必要だ。最高裁は明快な判断基準を示してもらいたい。

 福岡県警が工藤会に対する頂上作戦に乗り出して、やがて10年になる。幹部らの立件が相次ぎ、組員の離脱が進んだ。構成員は230人でピーク時から8割ほど減ったとはいえ、壊滅には至っていない。県外に拠点を移す動きもあるとされ、捜査の手を緩めてはならない。離脱した組員の社会復帰支援も続ける必要がある。

 市民社会から排除すべき暴力団工藤会だけではない。全国の構成員数は2022年末時点で2万2400人まで減ったものの、薬物や特殊詐欺など市民生活を脅かす危険な集団である。暴力追放の機運を高く保ち、粘り強く壊滅への取り組みを続けたい。