訪問介護の苦境 「施設から在宅へ」に逆行(2024年4月11日『西日本新聞』-「社説」)

 高齢者が自宅で暮らしていくために、訪問介護は欠かせないサービスだ。ホームヘルパーが身体介護や食事作りなどの生活援助を担ってくれるおかげで、安心を実感している人は多いだろう。

 その訪問介護事業が苦境に陥っている。他の介護事業と比べて賃金水準が低く、人手不足は深刻だ。有効求人倍率は15倍を超える。特に小規模事業所で事業中止や倒産が相次いでいる。

 さらに2024年度の介護報酬改定で、訪問介護の基本報酬が引き下げられた。

 国の介護政策は「施設から在宅へ」の方針に沿って、住み慣れた場所でその人らしく暮らせるように、医療や介護が連携する地域包括ケアを進めてきたはずだ。

 在宅介護の柱である訪問介護は強化すべきなのに、報酬を引き下げたことは理解し難い。基本方針に逆行する。

 ヘルパー団体が「訪問介護サービスが受けられない地域が広がりかねない」と強く抗議したのはもっともだ。

 訪問介護が利用できなくなれば、介護のために離職を迫られる家族や、施設に入らざるを得ない高齢者が出るだろう。訪問介護は高齢者の日常生活を支えながら自立を促しており、サービスが途切れると要介護度が高くなる恐れもある。

 介護報酬は事業所に支払われる公定価格で、3年ごとに見直される。今回の改定は職員の賃上げを目指し、1・59%のプラス改定となった。

 一方で訪問介護の基本報酬を引き下げたのは、厚生労働省が22年度の経営実態調査を基に、訪問介護事業所の平均利益率7・8%が高いと判断したからだ。介護サービス全体の2・4%を上回る。

 この数字だけで介護事業所の経営実態は把握できない。サービス付き高齢者向け住宅に併設し、入居者を訪問する事業所は効率が良い。対照的に、一軒一軒離れた個人宅を回る事業所は経営が厳しい。分析方法を見直すべきだ。

 ヘルパーの賃上げをすると報酬が加算されるが、負担が増える利用者の理解を得る必要がある。手続きの煩雑さは人手不足の小規模事業所を圧迫する。加算できても基本報酬の引き下げが影響し、減収になる事業所もある。

 高齢化とともに訪問介護の需要は増える一方だ。厚労省は21年に約25万人だったヘルパーは、40年にさらに3万人以上必要になると試算する。

 現在の施策で確保できるとはとても思えない。ヘルパーの平均年齢54・4歳は全介護事業の平均より高く、4人に1人は65歳以上だ。近い将来に大量退職の懸念がある。

 訪問介護は移動時間やキャンセル時に報酬が支払われない。不安定収入をもたらす賃金構造も問題だ。

 基本報酬を元に戻すよう望む声がある。国は現場の声を聞き、訪問介護を含め、持続可能な介護保険制度を総合的に議論すべきだ。