名字の多様性(2024年4月11日『高知新聞』-「小社会」)

 入交左近に野老山平大夫、別役勘兵衛―。小説「夏草の賦」で、織田信長の本拠地、岐阜を訪ねた長宗我部氏の使者の名である。筆者の司馬遼太郎さんは、「まるで唐・天竺(てんじく)にありそうな姓ではないか」と記している。

 県内に住んでいれば、これらの名字にさほど珍しさは感じないが、県外ではやはり聞き慣れない響きなのだろう。ましてや、遠方との行き来がほとんどない時代ならなおさらだ。 

 今、日本にはおよそ12万もの名字があるとされる。その一つ一つが一族のルーツだったり、祖先の住んでいた場所やその地形を表したり。名字の多さはそのまま日本や地域の伝統、文化の多様性を示しているといっていい。

 そんな名字について、にわかに信じがたいニュースが過日の本紙に載った。500年後には日本人の姓が佐藤だけになるという。結婚時に夫婦どちらかの姓を選ぶ現在の制度が続くなら、という条件付きの推計ではあるけれど。

 選択的夫婦別姓を考えるきっかけにとの狙いというが、国会での議論は全く進んでいない。財界も早期の実現を求める一方、伝統的な家族観を重視する層の反対は根強いままだ。

 あちらを立てればこちらが立たず。時の流れの中でどう伝統を残すかは難しいテーマだ。次世代に多様性を伝えるには、現実を踏まえた議論を深める必要がある。もし本当に佐藤さんだけになったとしたら…。想像しただけで何とも不便な世の中ではある。