問題作『オッペンハイマー』はなぜ"傑作"なのか…「直視できないほどの悲惨さ」伝えるワンシーンの凄み(2024年4月11日)

■直接話法か、間接話法か

 もう一度書く。世界はグラデーションだ。視点によって見えかたも変わる。そのうえで僕は断言する。『オッペンハイマー』は傑作だと。

 『オッペンハイマー』のアメリカ公開は2023年7月21日から始まった。つまり一年近く前だ。それから一カ月強が過ぎた9月下旬の発表では、興行収入は全世界で9億1200万ドル(約1350億円)を超えて、伝記映画としては『ボヘミアン・ラプソディ』を抜いて歴代1位となった。

 さらに、今年3月下旬に授賞式が行われた第96回アカデミー賞では、作品賞と監督賞を含む7つのオスカーを受賞したことが日本でも話題になった。ところが日本ではこの時点で、まだ(基本的には)誰も観ていない。

 普通の映画公開のサイクルならば、遅くても昨年秋には公開されていたはずだ。でも公開されない。遅れているということではなく、日本ではこの映画の公開はできないらしいとの情報を、この時期にネットなどで頻繁に見聞きした。

 理由のひとつは、広島、長崎への原爆投下や悲惨な被害の実態を直接的に扱うシーンがないとの言説が流通したから。確かにそれは事実だ。でも核兵器の恐ろしさを描いていないとの結論は当たらない。直接話法か間接話法かの違いなのだ。そう思って試写会で僕はこの批判に反論した。

■弱い人間、オッペンハイマー

 そしてもうひとつの理由は、原爆投下を想起させる合成画像のネット投稿(インターネット・ミーム)に、同時期に公開された映画『バービー』のX(旧ツイッター)公式アカウントが示した好意的な反応に対し、日本国内で批判が相次いだから。  冷静に考えれば、インターネット・ミームについては、映画そのものには何の咎もない。『バービー』の宣伝担当者が無知で不謹慎であったことは確かだけど、それは『オッペンハイマー』を封印する理由にはならない。

 そもそも『オッペンハイマー』はどのような映画なのか。第2次世界大戦中に「マンハッタン計画」を主導して「原爆の父」として英雄視されたJ・ロバート・オッペンハイマーは、世界を破滅させてしまうかもしれない兵器を自分が作ってしまったことに激しく苦悩し、日本が降伏して戦争が終わった後は、一転して核軍縮を呼びかけた。ただしその行動はわかりやすくない。中途半端なのだ。クリストファー・ノーランオッペンハイマーを、徹底して弱い人間として描いている。

■時代で変わる「不謹慎」

 その対比として描かれるのは、やはりマンハッタン計画に参加して「水爆の父」と形容されたエドワード・テラーだ。テラーは悩まない。冷戦期には、原爆よりもはるかに破壊力が大きい水爆の開発・実験を主張し、オッペンハイマーと激しく対立した。この二人の対立に加えて、オッペンハイマーを妬み謀略によって陥れようとするルイス・ストローズ(原子力委員会議長)の視点も、本作では重要な補助線として描かれる。

 少し話は逸れるが、こうした描きかたにもハリウッドの凄みを僕は感じる。テラーもストローズももう故人だが、子供たちも含めて遺族はたくさんいる。ならば邦画では、こうした批判的な描写ができるだろうか。かなりハードルが高い。

 そしてハードルが高いと感じてしまう要因のひとつが、この映画が日本では封印されかけたプロセスと重複する。

 それを言葉にすれば、僕もこの寄稿であえて使った「不謹慎」だ。ちなみにこの言葉は、他の言語ではなかなか翻訳できない。日本独自の概念と言えるかもしれない。

 さらに、(話題を集めたTBSドラマ「不適切にもほどがある!」を引き合いに出すわけではないが)不謹慎や不適切が時代によって変わることについても、もう少し自覚的であるべきだと思う。

■言論の萎縮に憂慮する

 昭和の時代にプロレスラーの大木金太郎の必殺技であるヘッドバットは「原爆頭突き」と命名されていて、入場時に羽織るガウンには大きなキノコ雲がプリントされていた。プロレスの神様と称されたカール・ゴッチが、必殺技であるジャーマン・スープレックス・ホールドを決めた瞬間に、当時のアナウンサーは「原爆固めです!」と絶叫していたことも覚えている。当時は今よりもはるかに被爆の当事者や遺族は多かったはずだけど、こうした命名やガウンに対して「不謹慎だ」との声が上がったとの記憶はない。

 だからといって、ジェンダー問題やハラスメントに対して鋭敏になった現在の風潮を正当化や相対化するつもりなどない。キノコ雲が描かれた大木金太郎のガウンを見ながら、思わず目をそむけてしまった人はいたかもしれない。アナウンサーが絶叫する「原爆固めが決まりました!」を耳にしながら、もうやめてくれと思った人もいたかもしれない。不可視にされていただけなのだ。

 あの時代の「当たり前」が、社会的弱者や少数者に対する想像力が機能しないままに、多くの人の悲しみや痛みを視野から外していた「大きな間違い」だったことは確かだ。

 それは大前提にしながらも、『オッペンハイマー』を一時は封印しかけたこの国の表現や言論の萎縮について、僕は深く憂慮する。  

■『アトミック・カフェ』と『オッペンハイマー

 ケヴィン・ラファティやジェーン・ローダーらが監督して1982年に公開されたドキュメンタリー映画アトミック・カフェ』を見れば、終戦から冷戦にかけての時代のアメリカ人が、核兵器についてどのような意識を持っていたかよくわかる。

 放射線に対する知見はほとんどない。被爆の怖さを知らない。意識としては、要するに巨大な爆弾なのだ。一般国民だけではなく、軍人や政治家も同様だった。実際に映画の中でも、核爆発実験の際に周囲に配置される兵士たちに対して上官が、「放射能はさほど怖くないが、もしも傷があるなら絆創膏を貼っておいたほうが無難だ」と事前にレクチャーするシーンがある。被爆した兵士たちはのちに「アトミック・ソルジャー」と呼ばれ、大きな社会問題になった。

 『オッペンハイマー』においても、最初に行われたトリニティ実験の際に、オッペンハイマーも含めて多くの研究者たちが、爆発のすぐ横で観測しているシーンが描かれている。

 一線の科学者たちですらその程度の意識しか持っていなかった。冷戦期は終わったけれど、今も多くのアメリカ人は核兵器の本質と怖さを実感できていない。だからこそ、戦争終結のために必要な措置だったなどと考えるのだ。

■直視できなかった光景が描く惨状

 そうしたアメリカ人たちに対しても、『オッペンハイマー』は衝撃だったはずだ。さらに、投下後の広島と長崎については、その映像を科学者たち全員が映像で確認する際に、オッペンハイマーだけがずっと顔を伏せているシーンがある。

 直視できない。弱いのだ。

 だからこそのとき、オッペンハイマーが見ないようにした光景を僕たちは想像する。どれほどの惨状であるかを間接的に想起できる。

 内容についてはこれ以上は書かない。映画はテレビとは違う。過剰な説明は必要ない。テレビは加算のメディアだが、映画は減算の表現だと僕は思っている。間接話法は確かにまどろっこしいが、届いたときはより深く強く届く。だから映画なのだ。黒か白ではない。善か悪かでもない。ノーランはそのグラデーションを、オッペンハイマーの「弱さ」をキーワードに描く。単純ではない。でも核兵器の怖さについても、直接的な映像を使うことよりもさらに深く届くはずだ。

 最後に補足。ノーランは時おり暴走する。観客を置き去りにする傾向がある。でも本作は、ノーランにしてはわかりやすい。とはいえやはりノーランだ。多少の予習は必要だ。

 原爆は核分裂だが、水爆は核分裂を引き金に核融合を起こす兵器だ。その破壊力は圧倒的に違う。アインシュタインマンハッタン計画にどのように貢献したのか。そして戦後にどのように苦悩したのか。オッペンハイマーが師と仰いだニールス・ボーアやヴェルナー・ハイゼンベルクの名前と業績くらいも(ざっくりと)知っておいたほうがいい。量子論の基本は重ね合わせ。粒子と波動の二重性と物理的過程の不確定性がキーワードだ。

 その程度は予習しておいたほうが、映画を絶対に楽しめるし、深く理解できるはずだ。

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森 達也(もり・たつや)
映画監督・作家
1956年広島県生まれ。立教大学法学部入学後、様々な職種を経てテレビ番組制作会社に入社。98年オウム真理教ドキュメンタリー映画『A』で内外の高い評価を得る。近年の監督作に、『FAKE』(2016年)、『i 新聞記者ドキュメント』(2019年)、『福田村事件』(2023年)。著書に『A3』(集英社インターナショナル/2010年/講談社ノンフィクション賞受賞)、『たったひとつの「真実」なんてない』『ニュースの深き欲望』『虐殺のスイッチ』など。
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映画監督・作家 森 達也

 

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