我(われ)は死なり、世界の破壊者なり―(2024年4月6日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 我(われ)は死なり、世界の破壊者なり―。米国の原爆開発を主導した物理学者オッペンハイマーは世界初の核実験でその威力を目の当たりにし、ヒンズー教聖典にあるこの一節を思い出す

▼昨年7月から世界各国で公開された伝記映画「オッペンハイマー」(クリストファー・ノーラン監督)が、先週ようやく日本で封切られた。作品発表以来、国内では「広島、長崎の被害実態を描いていない」「原爆をつくった人物を英雄視している」との批判があり、公開が一時危ぶまれた

▼作中のオッペンハイマーは英雄などではない。描かれるのは栄光と没落の人生の中で、人類を破滅に導きかねない兵器を生み出したことに苦悩する姿だ

オッペンハイマーが作品賞をはじめ7部門を制した今年の米アカデミー賞では、山崎貴監督の「ゴジラ―1・0」が日本映画で初の視覚効果賞に輝いた。ともに核をモチーフとしながら、こちらは破壊そのものを強烈な映像で見せる

▼戦後復興の道を歩み始めたばかりの東京に上陸したゴジラが吐き出す熱線は、爆風を起こしながら一瞬で街を焼き尽くす。廃虚の上空にはきのこ雲が立ち上り、やがて黒い雨が降る

▼ノーラン監督と対談した山崎監督は「日本側からオッペンハイマーへのアンサー映画を作らなければならない」と言い、ノーラン監督は「それをやるのはあなたしかいない」と返した。山崎監督は製作に意欲を示している。何を描き、どんなアンサーを作品に込めるのだろうか。

 

解説
ダークナイト」「TENET テネット」などの大作を送り出してきたクリストファー・ノーラン監督が、原子爆弾の開発に成功したことで「原爆の父」と呼ばれたアメリカの物理学者ロバート・オッペンハイマーを題材に描いた歴史映画。2006年ピュリッツァー賞を受賞した、カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによるノンフィクション「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」を下敷きに、オッペンハイマーの栄光と挫折、苦悩と葛藤を描く。

第2次世界大戦中、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下され、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが……。

オッペンハイマー役はノーラン作品常連の俳優キリアン・マーフィ。妻キティをエミリー・ブラント原子力委員会議長のルイス・ストロースをロバート・ダウニー・Jr.が演じたほか、マット・デイモンラミ・マレック、フローレンス・ピュー、ケネス・ブラナーら豪華キャストが共演。撮影は「インターステラー」以降のノーラン作品を手がけているホイテ・バン・ホイテマ、音楽は「TENET テネット」のルドウィグ・ゴランソン。

第96回アカデミー賞では同年度最多となる13部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞を果たした。

2023年製作/180分/R15+/アメリ
原題:Oppenheimer
配給:ビターズ・エンド
劇場公開日:2024年3月29日

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