競走馬が命全うできる社会を まず問題を知り関心広げよう(2024年4月10日『佐賀新聞』-「社説」)

 引退した競走馬のよりよい余生を考えるパネルディスカッションが2月、佐賀競馬から動画サイトを通じて全国に配信された。速く走れない馬や引退馬の多くは安楽死となる現状があるといい、長年のタブーに一石を投じた。馬が命を全うできる社会をつくるには資金面など多くの課題があり、競馬ファンの声だけでは実現できない。多くの人がまず問題を知り、関心を持つことから始めたい。

 競走馬(サラブレッド)は速く走れる馬だけが残され、品種改良がなされていく。国内では年間8千頭ほどが生産され、JRA(日本中央競馬会)で活躍するには3歳の夏までに1勝を挙げなければならない。活躍が難しい馬は地方競馬や乗馬クラブが受け皿となるが、ここからもこぼれ落ちる馬をどうするかという問題が近年、注目されるようになった。

 2022年の競馬法改正では「命ある馬が可能な限り充実したセカンドキャリアを送れるよう、競馬関係者に支援の拡充を促す」という内容の付帯決議が盛り込まれ、問題と向き合う機運が生まれ始めている。

 パネルディスカッションには、認定NPO引退馬協会、元調教師、アニマルセラピーを研究する大学准教授ら6人が参加し、佐賀からもこの問題に取り組むCLUB RIO(江北町)の永松良太さんが参加した。「このテーマで話し合い、情報発信するのは10~20年前なら考えられなかった」と話す参加者もいて、社会の変化を歓迎した。

 競走馬にはいろんな性格の馬がいて、約3割は速く走るのに向いてないという。競走で活躍した馬も5~7歳で引退を迎える。馬は20~30年生きるので“第二の人生”がとても長い。養うのに費用がかかるため、馬自身も稼ぐことが求められるが、人を乗せるのが嫌いで乗馬や馬術用に向かない馬もいて難しいという。

 ただ、馬には人を癒やし、人の感情を繊細に読み取る奥深い魅力や能力があるという。福祉や人材育成に生かすなど、馬が終生携われる仕事がつくれないかという試みも始まっている。しかし、馬を飼うには広い土地、資金、馬を扱える人材がセットで必要となるためハードルが高く、課題は山積している。

 解決の一案は行政との連携で、過疎化で悩む自治体による広い土地を生かした体験型施設の整備も考えられる。観光地では馬がいるだけで写真スポットが生まれ、相乗効果が出せるだろう。しかし、自治体が地域活性化に馬を生かすとしても予算が必要で、一部の競馬ファンの熱意だけでは実現が難しい。馬が命を全うできない現状を多くの人が知り、社会的なコンセンサスの醸成が重要となる。

 昔は農耕馬もいたが、あるパネリストは馬が人と“遠い存在”になってしまったと指摘した。子どもたちが馬と接する機会はなく、その結果、馬を扱える人材も不足している。福祉、医療、観光など身の回りで馬が活用され、子どもとふれ合う機会を徐々に増やすことができれば、馬と関わる仕事への関心が高まり、馬を扱える人が増える好循環が生まれてくるだろう。

 競走馬が長く現役でいられるよう、高齢馬だけの特別レースを佐賀競馬で開催してほしいというアイデアも出た。名だたるレースを制した高齢馬が勢ぞろいするなら、それは私も見てみたい。前向きな議論が始まったこの機会を大切に、一人一人が馬の命に思いをはせ、できることを考えていきたい。(樋渡光憲)