裁判官の罷免 表現の在り方議論深めて(2024年4月10日『新潟日報』-「社説」)

 裁判官の表現行為を巡る前例のない重い判断だ。被害者遺族の心情を著しく傷つけた特異のケースで、やむを得ない面はある。

 しかし、表現の自由や権力批判を巡り、裁判官の萎縮を招くことになってはならない。

 交流サイト(SNS)への投稿で殺人事件の遺族を中傷したなどとして訴追された仙台高裁の岡口基一判事に対し、裁判官弾劾裁判所は罷免する判決を言い渡した。

 弾劾裁判による裁判官の罷免は8人目だ。過去7人の罷免判決の理由は重大な職務違反や刑事罰を受けたケースだった。今回はこれらと根本的に異なり、SNSへの投稿による表現行為が罷免の理由になるかが焦点だった。

 岡口氏は17歳の女性が男に殺害された事件を巡り、SNSに「無惨にも殺されてしまった」などと投稿した。

 最高裁が戒告の処分を出し、遺族の抗議を受けても投稿などを繰り返した。遺族に対し「俺を非難するよう東京高裁に洗脳されている」とも書き込んだ。

 弾劾裁判所はこうした投稿について「表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱した」「遺族の社会的評価を低下させ、名誉を傷つけた責任は極めて重い」と厳しく指弾した。

 一連の表現行為は罷免事由の「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に当たるとして、罷免判決を出した。

 事件を裁く裁判官が、事件の遺族を傷つけた事実は重い。

 亡くなった娘の名誉をよりによって裁判官に汚されたと遺族が受け止め、心を痛めたことは明らかだ。インターネット上で「クレーマー遺族」などと中傷され、二重三重に苦しい思いをさせられた。

 今回の弾劾裁判所の罷免判決は、異例の訴追請求をした遺族の心情に応えたものといえよう。

 懸念されるのは、今回の判決が裁判官の表現活動の萎縮を招かないかということだ。

 各地の弁護士会が罷免に反対する声明を発表し、「私的な表現活動に強い萎縮効果をもたらす」「裁判官の独立に与える影響が甚大」などと訴えていた。

 SNSへの投稿が罷免対象となったことで、弾劾理由の範囲が広がったと見る識者もいる。

 民主的で開かれた司法を実現するためにも、裁判官がベールの向こうの狭い世界に閉じこもったままでいていいことはない。

 今回の判決は、岡口氏が東京高裁などを批判した投稿については「表現の自由を尊重すべきだ」として罷免の理由から除外した。当然のことだ。

 一方、岡口氏は過去に下着姿を自撮りしたとみられる写真を投稿し、物議を醸したこともある。

 これを機に、裁判官の表現の在り方についてもしっかりと議論を深めてもらいたい。