高裁判事の罷免/弾劾裁判の在り方議論を(2024年4月9日『神戸新聞』-「社説」)

SNS投稿で岡口基一裁判官が罷免 “表現の自由”どこまで?

 

 交流サイト(SNS)への投稿で殺人事件の被害者遺族を中傷したなどとして、国会議員で構成する裁判官弾劾裁判所岡口基一・仙台高裁判事を罷免する判決を言い渡した。戦後8人目となる。

 弾劾裁判所が罷免を判断する理由の一つに「裁判官の威信を著しく失う非行」があるが、これまでは職務怠慢で重大な結果を招いたり、刑事処分を受けたりした場合に限られていた。SNSへの投稿が対象になったのは初めてだ。罷免に対する異議申し立てはできず、法曹資格を奪われ弁護士活動もできない。非常に重い判断である。

 私的な表現行為が罷免に相当する非行かどうかが争点になった。

 岡口氏はSNSへの不適切な投稿を理由に、過去にも最高裁から戒告など懲戒処分を科された。にもかかわらず、被害者側をやゆするような投稿を続けたが、最高裁弾劾裁判所への訴追までは求めなかった。

 今回の訴追は遺族が要請した点でも異例だ。船田元裁判長は罷免について「裁判官に対する一般国民の尊敬と信頼」を判断の基準にすべきだとした。岡口氏が遺族の抗議に対して「東京高裁に洗脳されている」などと発信した点を重視し、表現の自由の許容限度を逸脱したと断じた。

 国民の感情を重んじた点は理解できるが、信頼を害したかどうかの認定は「時の弾劾裁判所の裁量に属する」とも述べており、明確で厳格な基準を示したとは言い難い。

 一方、判決は現役裁判官が自身の意見を表明することは憲法の「表現の自由」で保障されているとした。岡口氏が裁判官訴追委員会や東京高裁を批判した投稿は「萎縮を招かないよう細心の注意を払うべきだ」と罷免事由から除外した。

 「開かれた司法」を後退させないためにも、裁判官による司法制度などへの発信自体はひるまずに続けてもらいたい。その際も、裁判の公正や国民の信頼を損なうような言動は慎まねばならない。一線をどこに引くか、裁判官の表現行為について議論を深める必要がある。

 弾劾裁判の在り方も問い直さなければならないだろう。

 憲法は司法の独立を定め裁判官の身分を手厚く保障している。現職国会議員が検察官と裁判官の役割を務める弾劾裁判による罷免権限の行使は極めて慎重であるべきだ。

 裁判員は衆参議員14人が務めるが欠席や途中交代が相次いだ。弾劾裁判所は立法、行政、司法がチェックし合う三権分立に基づく機関だ。審理への出席義務を課すなど改善策も検討してはどうか。国会は判決を踏まえ、制度がどうあるべきかについての議論を重ねてほしい。