国産旅客機開発 現実的な戦略がなければ(2024年4月9日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 経済産業省が2035年以降をめどに国産旅客機の開発を目指す新たな戦略を作った。

 航空分野の脱炭素化に向け、ジェットエンジンを使うジェット機ではなく、水素や電気を動力とする次世代旅客機を想定している。約10年にわたり、官民で5兆円程度を投資するという。

 三菱重工業が国産初のジェット旅客機スペースジェット(旧MRJ)開発から撤退して1年余。約1兆円の開発費を投じ、政府も約500億円を支援した官民一体のプロジェクトが挫折した苦い記憶が残る中での再挑戦だ。

 教訓を踏まえれば、実現へのハードルは極めて高いことを冷静に認識しなければならない。

 スペースジェットは08年に事業化が決まり、13年に初号機を納入する計画だった。飛行試験を重ねたが、度重なる設計変更などで納期を6回延期。巨額の開発費を要する一方で事業性が見いだせず、23年2月に開発を中止した。

 最大の誤算は、運航に必要な安全認証「型式証明」を取得できなかったことだ。欧米勢が航空機市場を席巻する中で、ノウハウ不足が響いた。開発が頓挫した要因の一つとして、経産省の新戦略でも指摘している。

 その上で新戦略は、経験や人材が蓄積され、開発への素地は整いつつあるとした。海外事業者とも連携し、単独ではなく複数社による開発を目指すという。

 航空機は自動車の100倍とされる300万点の部品が使われ、産業の裾野が広い。国産化できれば地方企業にも商機となる。長野県は16年に「航空機産業振興ビジョン」を定めて後押しし、県内企業の参入も相次いだ。

 スペースジェットへの部品の供給に企業の期待は高かっただけに、開発の中止には落胆が大きかった。蓄積した技術を継承する意義はあるにせよ、にわかに構想が浮上した国産旅客機再開発の実現性に、冷ややかな見方があっても無理はない。

 経産省は、航空機市場は年3~4%で旅客需要増が見込まれ、成長の余地が大きいとする。一方、スペースジェットでは新型コロナ感染拡大で旅行需要が消滅し、事業環境が一変した経過もある。

 航空機産業は大規模な投資が必要だ。技術開発では欧米勢が先を行く。課題を乗り越える現実的な戦略が示されなければ、裾野を支える中小企業も含めて参入をためらわざるを得ない。スペースジェットの轍(てつ)を踏むことにならないか、慎重な見極めが要る。