三菱重工業によるジェット旅客機参入計画が頓挫してから1年余り。日本の産業界にとって悲願といわれてきた国産旅客機に再挑戦すべきだという議論が出てきた。経済産業省がまとめた報告書では「完成機事業への参画が不可欠であり、これを目標として掲げるべき」と明言している。
国産機は産業の活性化につながり、実現を目指す意義が大きいことに異論はない。
自動車1台の部品点数が3万とされるのに対して、機体のサイズにもよるが飛行機は300万にのぼる。部品や素材を提供するサプライチェーンの厚みはおのずと違ってくる。経済安全保障の観点からも待望論は根強い。
問題は、現実的に担い手がいるのかどうかだろう。
航空機産業を育成するには十年単位の長期視点と、関連産業をまとめる強力なリーダーシップが不可欠だ。いくら政府が青写真を描いても、実行主体となる企業のアニマルスピリッツ(野心)がなければ絵に描いた餅に過ぎない。
日本の現状はどうか。三菱重工は1兆円もの開発費を投じながら事業化することができなかった。川崎重工業やSUBARU(スバル)、IHIなど関連する大手企業も、現実的には巨大なリスクは取りにくいのではないか。
これらの企業が技術や資金を持ち合う安易な「日の丸連合」方式ではリーダーシップの所在が不明瞭になってしまう。半世紀前に国産旅客機「YS-11」の失敗で、我々がすでに学んだことだ。
とはいえ、突破口がないわけではない。まず、国産機といえども日本企業だけで完結させる必要はない。先行する欧米企業と協力関係を築いて知見を補うような柔軟な発想があってもいいだろう。
巨額の補助金が飛び交う欧米勢に対抗するには、政府にも腰を据えた取り組みが求められる。GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債を中心に財源をまかなう案が浮上しているが、国民が十分に納得できるような形を示してほしい。
旅客機の事業化にあたって壁となった認証の取得作業でも政府の協力は欠かせない。三菱重工の撤退によって認証のノウハウまでも失うのはあまりに惜しい。
失敗の教訓は未来に生かさなければならない。官民による活発な議論を通じて、野心ある挑戦者の登場を待ちたい。
国産旅客機再挑戦 教訓生かし新産業創出を(2024年4月8日『山陽新聞』-「社説」)
国産旅客機を開発するプロジェクトが再び動き出そうとしている。三菱重工業による国産初の小型ジェット旅客機スペースジェット(旧MRJ)の開発が頓挫した教訓を生かし、改めて新産業の創出を目指したい。
経済産業省が先月開いた有識者会議で、2035年以降をめどとする旅客機開発の新たな戦略を策定した。1社単独ではなく、複数社による開発を想定する。航空業界が50年に温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げているのを踏まえ、水素や電気などを動力とする次世代機の開発を目指す。今後約10年にわたり官民で5兆円程度を投資して国内に最終組立工場を設け、整備拠点を拡充する。
日本企業は航空機部品の供給で一定の地位を得ているが、1月に米ボーイング機の胴体部品が吹き飛ぶ事故が起きた影響で受注が減少するなど、納入先の動向に左右されやすい構造にある。機体やエンジン、装備品など幅広い分野で日本の技術を結集し、安定して国内生産できる体制をつくる考えだ。
旧MRJの経験を通じて、旅客機を独自に開発するには、極めて高いハードルがあることが分かった。三菱重工は08年に事業化を決定し、国から約500億円の支援を受けたが、納期を6回延長した末に、昨年2月に撤退に追い込まれた。
つまずいた最大の要因は、各国での商業運航に必要な「型式証明」を取得するめどが立たなかったことだ。旅客機は安全であることが絶対の条件であり、型式証明の要求は厳しい。旧MRJの開発陣は試験飛行レベルの機体を造り上げたものの、要求内容への理解が不十分で、何度も設計変更を余儀なくされた。反省を生かさねばならない。
開発が遅れたことで、旧MRJに採用する予定だった技術が陳腐化したことも失敗の一因となった。同じ仕様で長年生産を続ける航空機産業では、市場投入の段階で最新の技術を詰め込むことが成功の鍵となる。環境負荷の少ない次世代機が求められる今は新規参入の好機であり、さまざまな技術を持つ企業が協力して、タイムリーに市場投入することが肝要だ。
世界の航空旅客需要は新型コロナウイルス禍で一時落ち込んだとはいえ、年率3~4%の増加が予想され、民間航空機市場は拡大が続くとみられている。1機の部品点数が300万点に上り、完成機を国内で造れば経済波及効果が高い。旧MRJの開発に当たっては、岡山県内でも参入を目指す中小企業があった。次世代機の開発が、地方の製造業の技術革新や雇用拡大につながることを期待したい。
航空機は社会経済活動を支える重要なインフラであり、国産化は安全保障の面でも大きな意味がある。国は旧MRJに続き、多額の資金支援を計画している。失敗を繰り返すわけにはいかない。