車の危険運転 悪質さを正しく裁けるように (2024年4月7日『読売新聞』-「社説」)

 

 明らかに無謀な運転でも法的には「危険運転」だと見なされにくい現状は、世間の感覚から 乖離かいり している。悪質な運転に厳しく対処できるよう、必要な措置を講じるべきだ。

 法務省が「危険運転致死傷罪」の要件の見直しを議論する検討会をスタートさせた。この罪は自動車運転死傷行為処罰法に基づき、「制御するのが困難な高速度」で事故を起こした場合などに適用される。最高刑は懲役20年だ。

 以前は車で人身事故を起こした場合、運転ミスによる過失と判断されていた。しかし、東名高速道で女児2人が犠牲になった飲酒運転事故を機に、悪質な運転には重い刑罰を科すべきだとの世論が高まり、この罪が新設された。

 ただ、「危険運転」の基準が不明確なため、狙い通りに運用されているとは言い難い。

 津市では2018年、法定速度60キロの一般道を146キロで走っていた車がタクシーに衝突し、乗客ら4人が死亡する事故が起きた。裁判では過失運転と判断され、懲役7年の判決が確定した。

 「これが危険運転ではない、なんてあり得ない」と遺族は強く反発している。異常なスピード違反であり、憤りは当然だろう。

 判決は「常識的にみて『危険な運転』だ」と認めながら、被告の車が進路を外れていなかったことなどを理由に、車を制御できていたと判断した。遺族でなくとも、理解するのは難しい。

 大分市宇都宮市でも、法定速度を100キロ以上も超える猛スピードで起きた事故が「過失」で起訴された。大分の事故は後に起訴の罪名が危険運転に変わったが、各地で「制御困難」という条文の解釈を巡る混乱が絶えない。

 現行法には、他にもわかりにくい点がある。赤信号を「殊更に無視」して事故を起こせば、危険運転に該当するとされるが、「殊更」とは何を意味するのか。こうした基準をできるだけ明確にし、適切な運用につなげてほしい。

 とはいえ、危険運転に該当する超過速度を「100キロ以上」などと規定すると、99キロまでの超過は単なる「過失」だと判断せざるを得なくなるという問題もある。

 危険運転にあたる速度を一律に決めることは容易ではなく、現実には、現場の状況や容疑者の供述を踏まえて、裁判官が個別に判断する余地が残らざるを得ない。

 過度に条文の解釈にこだわり、悪質な運転を許してしまうことのないよう、本来の法の趣旨を踏まえた運用を求めたい。