SNS投稿で「罷免」…法曹資格まで失うのは行き過ぎ? 岡口基一判事の弾劾裁判で課題が浮かんだ(2024年4月4日『東京新聞』)

 
 交流サイト(SNS)での投稿という裁判官の法廷外での「表現行為」が、罷免に値するかが初めて問われた弾劾裁判で、弾劾裁判所は投稿を目にした殺人事件の遺族の心情を重く捉えた。岡口基一判事(58)を罷免とした3日の判決は「裁判官の表現の自由」を尊重する姿勢も見せたが、弁護団有識者からは制約する根拠が不十分と指摘。他の裁判官への萎縮を招くなど影響を懸念する声も上がる。(太田理英子、加藤益丈)
 
 「なぜただの非行でなく『著しい』のか、理由が乱暴で何の論理もない結論」。岡口氏の弁護団の野間啓弁護士は東京都内での記者会見で、判決を批判した。
 
 判決は、罷免理由とする「裁判官としての威信を著しく失う非行」の「著しさ」について、「抽象的で幅広い解釈を許す」と触れた上で「国民の信託への背反」を基準として示した。
 具体的に重視したのが、遺族が受けた心の傷の深さ。岡口氏に悪意がなかったことや認知機能障害の影響は認めながらも、罷免を避ける理由にはしなかった。
 野間弁護士は「岡口氏の行為は不適切で非行とされるのは仕方ない」とした上で、「刑事事件と同様、行為の動機や目的で判断するのは当然ではないか」と不満を口にした。

◆「処分による不利益とのつり合いがとれていない」

 過去の弾劾裁判は、刑事裁判で有罪判決を受けた行為や職務上の不正行為が問われた。罷免となれば法曹資格まで失う重大な影響が及ぶだけに、岡口氏の訴追は、法曹関係者や法学者から「処分による不利益とのつり合いがとれておらず、司法の独立への脅威」と批判する声が上がっていた。
 
 判決は「SNSによる投稿が訴追事由の主な要素で、過去に例を見ない事案。過去の裁判例は比較対象にできない」と退けた。
 慶応大の山元一教授(憲法学)は「罷免による制裁効果をまったく考慮せず、視野の狭い判断だ」と問題視。判決が罷免か否かしかないだけに、比較を重ねて慎重に審理すべきだと強調する。裁判官自身による意見の発信は重要として「そもそも表現行為は客観的評価が難しく、主観的判断になる危険がある。表現行為が『著しい非行』と認定されたことで、現職裁判官にとっては萎縮を招くだろう」と指摘する。

◆全公判に出た裁判員は3人のみ、制度自体に課題も

 弾劾制度自体の課題も浮かんだ。これまで初公判から判決まで最長でも9カ月余りだったが、今回は2年と異例の長期化。弁護団は「訴追委員会側の証拠整理などの遅れの影響が大きい」と話す。
 
岡口基一判事の弾劾裁判が開かれる裁判官弾劾裁判所。左から2人目は船田元裁判長、手前は陳述席=3日、東京・永田町で

岡口基一判事の弾劾裁判が開かれる裁判官弾劾裁判所。左から2人目は船田元裁判長、手前は陳述席=3日、東京・永田町で

 計15回の公判で、公務などを理由に裁判員が何度も交代し、全ての公判に参加したのは船田元(はじめ)裁判長ら3人だけ。途中、裁判員だった山下貴司元法相が証拠請求されていない文献を読み上げるなどし、弁護団が忌避を申し立て、辞職したことも。通常の裁判で想定されない出来事が続いた。
 大阪経済法科大の渡辺康行教授(憲法学)は、訴追委も弾劾裁判所裁判員も全員が国会議員であるため、「権限濫用(らんよう)や行き過ぎた判断に歯止めをかける仕組みが求められている」と強調する。裁判員憲法で規定されているため、改正のハードルは高いが、一定数を法曹資格者とする要件を設けることは可能とみる。

 裁判官弾劾制度 裁判官を辞めさせる唯一の制度。裁判官弾劾法では▽職務上の義務に著しく違反、または職務を甚だしく怠った時▽裁判官としての威信を著しく失うべき非行があった時—に罷免できると定めている。国民や最高裁の訴追請求などを受け、国会の衆参20議員からなる訴追委員会が罷免を求めるかを判断。訴追すれば、弾劾裁判所で別の衆参14議員が務める裁判員が公開の法廷で審理し、「罷免」か「罷免しない」かを決める。罷免には3分の2以上の賛成が必要。罷免されると裁判官の身分と法曹資格を失い、5年たつと資格回復を請求できる。

 

弾劾裁判所の裁判長と裁判員(敬称略)】
▽裁判長 船田元(衆、自民)
▽第1代理裁判長 松山政司(参、自民)
▽第2代理裁判長 階猛(衆、立憲民主)
裁判員 山本有二(衆、自民)田中和徳(衆、自民)葉梨康弘(衆、自民)杉本和巳(衆、維新)北側一雄(衆、公明)福岡資麿(参、自民)森まさこ(参、自民)赤池誠章(参、自民)小西洋之(参、立憲民主)伊藤孝江(参、公明)片山大介(参、維新)
 ※田中氏と赤池氏は判決の評議に加わっていない。