SNS不適切投稿で仙台高裁判事を罷免 裁判官の表現行為めぐり初(2024年4月3日『NHKニュース』)

殺人事件などをめぐってSNSに不適切な投稿を繰り返したとして訴追された仙台高等裁判所岡口基一裁判官に対し、国会の弾劾裁判所は裁判官を辞めさせる罷免の判決を言い渡しました。裁判官が罷免されたのは8人目で、表現行為を理由とした判断は初めてです。

仙台高等裁判所岡口基一裁判官(58)は、女子高校生が殺害された事件の遺族などについて、SNSで不適切な投稿を繰り返したとして国会の弾劾裁判所に訴追され、罷免とすべきかどうか、衆・参両院の議員から選ばれた裁判員による審理が15回にわたって行われました。

これまでの裁判で、検察官役の訴追委員会は「遺族などを傷つける投稿を繰り返したのは非常に悪質で罷免すべきだ」などと主張した一方、弁護側は「これまで罷免判決が出た盗撮などの犯罪行為とは根本的に異なり、罷免にはあたらない」と主張していました。

表現の自由めぐる双方の主張

裁判では、裁判官の表現の自由をめぐっても意見が交わされました。

検察官役の訴追委員会側は裁判官にも表現の自由があることは認めたうえで「今回、罷免にあたらなければ、ほかの裁判官が同様の投稿をしても地位を奪われないという先例になる。今後の裁判官のSNS投稿などに大きく影響を与える観点からも厳正な判断が求められる」と主張しました。

一方、弁護側は表現の自由の観点などから罷免すべきでないとする弁護士会などの声明や意見書が26件出されていることを挙げ、「SNSの投稿の一部が不法行為だったとしても、民事裁判で解決が図られるべきだ。投稿で直ちに司法への国民の信頼を害したわけではない」と主張しました。

弾劾裁判所表現の自由として許される限度を逸脱」 

3日の判決で弾劾裁判所は、事件の遺族への岡口裁判官の投稿について「本人に意図はなかったものの、結果として何度も執ように遺族を傷つけることになった。SNSは発信者が想定した趣旨と全く異なって受け止められる危うさをはらんでおり、その危険性を踏まえて他者を傷つけないよう配慮すべきだった」と指摘しました。

そのうえで「遺族からの抗議を受けても反省や改善がなく長期にわたって投稿などを繰り返してきたことは、表現の自由として裁判官に許される限度を逸脱している」と述べました。

そして、裁判員の3分の2以上の多数意見で、裁判官を辞めさせる罷免を言い渡しました。

岡口裁判官は裁判官の任期が満了する今月で職を辞する考えを示していましたが、罷免が決まったことで法曹資格を失い、弁護士としても活動することはできません。

弾劾裁判で裁判官が罷免されるのは2013年以来で、8人目です。表現行為を理由とした判断は初めてです。

SNS投稿で繰り返し処分 賠償命令も

仙台高等裁判所岡口基一裁判官は東京高等裁判所などで民事裁判を担当するかたわら、旧ツイッターフェイスブックといったSNSを使って積極的に情報発信を行ってきました。

SNSでは裁判に関する記事を紹介したり、みずからの白い下着姿の写真も投稿したりしていて、当時のツイッターのアカウントには、2017年12月時点でおよそ3万8000人のフォロワーがいました。

岡口裁判官は、女子高校生が殺害された事件の裁判に関する投稿で遺族から抗議を受け、2018年の3月、当時所属していた東京高裁から厳重注意処分を受けました。

さらに、みずからが担当していない飼い犬の所有権をめぐる裁判についての投稿をめぐっても当事者を傷つけたとして東京高裁から最高裁に懲戒を申し立てられました。

これを受けて最高裁判所は2018年10月、裁判官の処分を審理するための「分限裁判」で、「裁判官にも表現の自由があることは当然だが許される限度を逸脱している」として戒告の処分としました。

その後も岡口裁判官は女子高校生の遺族に関する内容をSNSに投稿し、4年前の2020年に最高裁は再び戒告の処分としました。

去年には女子高校生の遺族が岡口裁判官に賠償を求めた裁判で、東京地方裁判所が一部の投稿について「事実に反し、人格を否定する侮辱的表現だ」と認め、40万円余りの支払いを命じました。2審も賠償を命じ、判決はその後、確定しています。

これらの投稿について国会の裁判官訴追委員会は2021年、罷免するかどうかを審理する弾劾裁判所に訴追することを決定。弾劾裁判所はおととし3月から審理を行ってきました。

弾劾裁判の役割は

裁判官は司法の独立を守る観点から憲法によって身分が保障されています。

不祥事を起こした裁判官であっても、裁判所が科すことができる懲戒処分は戒告か過料までで、罷免、つまり辞めさせるかどうかは国会に設置された弾劾裁判所が判断することになっています。

国会の裁判官訴追委員会は、通常の刑事事件で言えば検察にあたる役割があります。

衆・参両院の議員で構成され、国民などから裁判官を罷免すべきだという請求があると、対象の裁判官について調べ、職務上の義務に著しく違反するなど弾劾裁判を開く必要があると判断した場合、刑事事件の起訴にあたる「訴追」を行います。訴追を受けて審理する弾劾裁判所も国会議員で構成され、罷免すべきかどうかを判断します。

裁判官訴追委員会によりますと、初めて訴追された1948年から去年までに、訴追委員会が受理した請求は2万4500件余りで、このうち訴追された裁判官は10人です。

岡口裁判官を除くと、弾劾裁判でこれまでに7人が罷免と判断されています。

これまでの罷免は刑事裁判で有罪など

これまで弾劾裁判で罷免とされた7人の裁判官は、刑事裁判で有罪となったことや職務上の違反が問題とされてきました。

岡口裁判官のケースを除くと直近の判決は2013年で、電車で女性のスカートの中を撮影したとして罰金刑を受けた大阪地方裁判所の裁判官が「人を裁く立場の裁判官としてあるまじき行為だ」として罷免されました。

2008年12月に罷免された宇都宮地方裁判所の裁判官は、部下の裁判所職員に携帯電話のメールを執ように送ったストーカー規制法違反で有罪が確定していました。

2001年11月には少女にわいせつな行為をした罪で有罪が確定した東京高等裁判所の裁判官が、「司法に対する国民の信頼を限りなく揺るがせた」として罷免されました。

2000年以前では、事件の処理を放置して略式命令請求を失効させたケースや、担当する破産事件の管財人からゴルフクラブなどをもらったケースなどがありました。

弾劾裁判所の判決に対して不服を申し立てる方法はなく、判決は言い渡しと同時に確定し、罷免とされた場合には法曹資格を失うことになります。