◆よく分からないけど…「どっちも体に良いんですよね?」
「こちら特報部」は1日昼、ジョギングや散歩など健康に気を使う人が多そうな東京・代々木公園に向かった。桜の満開を待ち切れない花見客らが、レジャーシートを広げていた。
「サプリめちゃくちゃ使いますよ」。花見の場所取り中の埼玉県川口市の会社員春日誠さん(28)が取材に答えた。体づくりのために週6日ペースでジムに通い、毎日3種類のサプリを飲むという。
摂取しているサプリは「機能性表示食品」か、あるいは国の審査がある「特定保健用食品(トクホ)」か、春日さんは意識しておらず、両者の違いも知らなかった。「でも、どっちも体には良いんですよね」
乳児と訪れていた北区の主婦(36)は「サプリは生活習慣を改善し、足りないものを補う良い効果しかないと思っていた」と話す。主婦は10年以上前に肌のケアでサプリを使い始めた。「医薬品かどうかは見ているけど、機能性表示食品とトクホの違いは意識していなかった」。今回の問題を受け、自宅にあったサプリの成分表示をすべて確認したという。「怖くなったので、サプリは当分買わないかもしれない」
◆把握から公表までに2カ月、原因特定はまだ
犬と散歩中の港区の会社員男性(48)は3年前に体の疲れが気になるようになり、時々1、2種類のサプリを飲むという。「市販のサプリって値段も手ごろだし、すっかり安全な商品だと思い込んでました」
これまでの小林製薬の記者会見について「まだ分かっていないことが多いんでしょうね。説明がすっきりしなかった」と振り返り、「国が機能性表示食品の基準を厳しくしていく方向に変わっていくのかな」とつぶやいた。
この日取材した範囲では、機能性表示食品の詳細を知る人はいなかった。
渦中の小林製薬が医師からの連絡でサプリによる健康被害の恐れを把握したのは1月中旬。ただ、公表と自主回収に踏み切ったのは3月22日で2カ月余りたっていた。この時の会見では、原因を特定できておらず、製品と原料の一部から見つかった「未知の成分」が腎疾患などにつながった可能性があると説明していた。
◆今後は国主導の調査で原因物質の特定急ぐ
1週間後の29日、再び開いた会見で、厚生労働省の発表を後追いする形で「未知の成分」が「プベルル酸」の可能性が高いと認めたが、対応の遅さ、ちぐはぐさは否めない。
厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館
帝国データバンクの推計では、小林製薬が製造した紅こうじを原料とする製品が国内で最大3万3000社に流通している可能性があるという。小林製薬は29日までに、サプリと因果関係が疑われる死者が5人いると発表した。入院や通院者数も増え続けており、被害の全容はまだ見えていない。
◆機能性表示食品は届け出のみ審査なしでOK
この時既に、1991年開始のトクホの制度があった。トクホは食品の健康機能を国が評価し、表示を許可する仕組みだ。
これに対し機能性表示食品は、事業者が機能性(健康の維持や増進に役立つ効果)と安全性に関する科学的根拠などを消費者庁に届け出れば、国の審査なく表示ができる。
◆「トクホ」には時間とお金がかかるから…
「トクホの許可を取るには時間とお金がかかる。規制緩和で健康・医療産業の経済活動を拡大する意図でつくられたのが機能性表示食品だ」と話すのは千葉大大学院の神里達博教授(科学技術社会論)。「機能性を簡単に世の中に届けるのが制度の目的とされたが、今回、安全の問題が大きく注目された。食べ物の代替という位置づけのため、毒性があるものが出てくるとあまり想定していなかったのではないか」とみる。
その上で今回の問題の背景について、神里氏はこう指摘する。「制度が導入されてからの約10年、『健康は自分で守るもの』という自己責任論が強調され、経済活動ばかりが発展してきた。今回の問題は拡大する市場に一石を投じた」
調査会社の富士経済によると、2023年の機能性食品の市場規模は6865億円と前年比19.3%増。18年の3倍超に急拡大した。対照的にトクホの関連市場は大幅に縮小している。
急成長に対し、以前から懸念の声があった。日弁連は今年1月、機能性表示食品制度の運用改善を求める意見書を公表した。意見書では、機能性表示食品の安全性や品質確保が、自主規制に委ねられ、健康被害情報の収集・公表も義務付けられておらず、運用実態も公表されていないと問題点を指摘していた。
◆「プベルル酸」を原因とするには時期尚早
今回、サプリメントの製造工程で、毒性のある物質が特定のロットに混入し、チェックをすり抜け販売された可能性がある。工程管理は適切だったのか。
創薬や新薬開発に携わったことがある北陸大の光本泰秀教授(神経薬理学)は「(管理の厳格な)医薬品の製造であれば、まず考えられない事態だ」と話す。一方で「機能性表示食品は届け出だけで済む半面、何かあればすべてメーカーの責任となる。安易な管理はできないはずだ」と首をひねる。
注目が集まる「プベルル酸」についても「情報が少なく、原因と特定するには時期尚早だ。特定のロットで健康被害が出ているのはなぜなのか。どこに原因があるのか。究明を急ぐべきだ」と訴える。
「そもそも食品中の機能性成分の効果は小さい。(医薬品と違って)食品なのだから当然なのに、摂取すれば健康が得られるかのような錯覚がまん延している。それは『幻想』だ」と指摘するのは群馬大の高橋久仁子名誉教授(食生活学)だ。制度導入時から、問題視してきた。「形式的に資料がそろっていれば、国が中身を審査することなく販売できる。トクホよりも科学的根拠のレベルが低いものが多い」と批判する。
消費者庁は現在届け出されている6800製品の機能性表示食品の健康被害の有無を緊急点検している。高橋氏は今回の問題を機に、制度の抜本的な見直しを求める。「トクホが健康政策であるのに対し、機能性表示食品は経済活性化策でしかない。これらが混在しているのは問題で、機能性表示食品制度そのものの廃止を視野に入れた検討をするべきだ」
◆デスクメモ
商品の前面で「脂肪の吸収を抑える」と断言し、まじめそうな「機能性表示食品」のマークがあれば、国のお墨付きの健康食品と信じても不思議ではない。専門知識のない消費者に情報の価値判断を委ねる制度上の無理がある。今回、直接の原因に加え、背景の厳密な究明が必要だ。(北)
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