「マッチョな漁師になってマグロを取りたい」 地震で能登が変わり果てても18歳は夢を貫く(2024年4月2日『東京新聞』)

 
 「ずっと能登におりたい。大好きだから」。石川県珠洲市の前咲斗(まえ・さくと)さん(18)は、今春の高校卒業後の進路に市内の漁業会社を選んだ。能登半島地震で町は変わり果てても出ていきたいと思ったことは一度もない。「またにぎわいは戻る」。そう信じ、一人前の漁師を地元で目指す。(城石愛麻)
能登高校を卒業し、漁業会社に就職した前咲斗さん。「楽しみ半分と、不安も半分」と話す=3月31日、石川県珠洲市の蛸島漁港で(潟沼義樹撮影)

能登高校を卒業し、漁業会社に就職した前咲斗さん。「楽しみ半分と、不安も半分」と話す=3月31日、石川県珠洲市蛸島漁港で(潟沼義樹撮影)

 「俺がフグ取ってあげるよ」。2月上旬、珠洲市内の自主避難所に、前さんの元気な声が響いた。前さんを小さい頃から知る運営責任者の光真(みつざね)由美子さん(54)が「ありがとう」と笑った。

◆奇跡的に船と定置網は無事

 珠洲市内で定置網漁を営む漁業会社「小泊(こどまり)十六号定置網」へは、地震前に就職を決めていた。保育園児の頃から、漁師の祖父に「かっこいい」と憧れた。祖母にもよく釣りに連れていってもらい、能登の海が大好きになった。進学した能登町能登高校では、小型船舶の免許が取れる地域産業科の水産のコースを選択。職業体験で定置網漁に初挑戦した時は「想像以上に力が必要でびっくりした」という。
 地震による地盤隆起などで、能登半島の漁港は甚大な被害を受けた。水産庁によると、3月21日現在で石川県内69漁港のうち、奥能登の18漁港が使えなくなった。前さんが就職した漁業会社が拠点とする市内の蛸島(たこじま)漁港も岸壁などが被災したが、奇跡的に会社の船4隻と設置してあった定置網は無事だった。会社は1月下旬から漁を再開した。
能登高校を卒業し、漁業会社に就職した前咲斗さん

能登高校を卒業し、漁業会社に就職した前咲斗さん

 会社にとっても待望の「新人漁師」だ。これまでの乗組員は9人のうち一番の若手が30代。上野登起男(ときお)社長(74)は「この数年間、地元の若者の入社はなかった」と明かす。前さんには「今の若い人には珍しく、海への興味が深く、頑張り屋。地元の若者が憧れる漁師になってほしい」と期待する。
 珠洲市内は今も倒壊家屋や損壊した道路が残り、ほとんどの地区で水道も復旧していない。前さんは「復興までかなり時間かかるかも」と心配するが「地元の漁師」への夢に向かって胸は高鳴る。初乗船は4月2日。「めっちゃ楽しみ。マッチョな漁師になって、マグロを取りたい」と力を込めた。