◆奇跡的に船と定置網は無事
珠洲市内で定置網漁を営む漁業会社「小泊(こどまり)十六号定置網」へは、地震前に就職を決めていた。保育園児の頃から、漁師の祖父に「かっこいい」と憧れた。祖母にもよく釣りに連れていってもらい、能登の海が大好きになった。進学した能登町の能登高校では、小型船舶の免許が取れる地域産業科の水産のコースを選択。職業体験で定置網漁に初挑戦した時は「想像以上に力が必要でびっくりした」という。
地震による地盤隆起などで、能登半島の漁港は甚大な被害を受けた。水産庁によると、3月21日現在で石川県内69漁港のうち、奥能登の18漁港が使えなくなった。前さんが就職した漁業会社が拠点とする市内の蛸島(たこじま)漁港も岸壁などが被災したが、奇跡的に会社の船4隻と設置してあった定置網は無事だった。会社は1月下旬から漁を再開した。
能登高校を卒業し、漁業会社に就職した前咲斗さん
会社にとっても待望の「新人漁師」だ。これまでの乗組員は9人のうち一番の若手が30代。上野登起男(ときお)社長(74)は「この数年間、地元の若者の入社はなかった」と明かす。前さんには「今の若い人には珍しく、海への興味が深く、頑張り屋。地元の若者が憧れる漁師になってほしい」と期待する。
珠洲市内は今も倒壊家屋や損壊した道路が残り、ほとんどの地区で水道も復旧していない。前さんは「復興までかなり時間かかるかも」と心配するが「地元の漁師」への夢に向かって胸は高鳴る。初乗船は4月2日。「めっちゃ楽しみ。マッチョな漁師になって、マグロを取りたい」と力を込めた。