情報公開を促進するはずの行政のデジタル化が、むしろ社会の透明性を低下させることになりはしないか。
商業登記で公表されている株式会社の代表者住所が6月以降、本人の希望があれば市町村名までに公開が限定される予定だ。
商業登記は法務局に登録された企業の基礎情報である。商号や所在地、業種などに加え、代表者は番地までの住所と氏名、他の役員は氏名が記載されている。手数料を払えば誰でも窓口かオンラインで入手が可能だ。
見直しの背景にはビジネス界の要望がある。デジタル化で登記情報へのアクセスが容易になり、個人情報の拡散や悪用のおそれが高まっているのは確かだ。プライバシー保護の必要性は理解できる。
ただ、商業登記は、安全な商取引ができるよう設けられている制度だ。反社会的な企業も存在する中、企業の信頼性を判断する上で重要な資料となる。
日弁連は消費者被害の加害業者などの調査や法的な対応が困難になるとして、代表者住所の閲覧を弁護士に認めるよう求めている。
正確な住所が分からなければ本人の特定は困難だ。代表者の資産の実態なども調べにくくなる。
金融・保険業界からは取引相手の信用力の調査に支障が出かねないと懸念の声が上がる。
商業登記以外にも個人情報を公開する制度はある。公益法人や特定非営利活動法人(NPO)の登記もその一例だ。詳細な情報をオープンにすることにより、企業や団体の社会的な責任を明確にする仕組みと言える。
行政のデジタル化に合わせ、個人情報の公開を制限する施策が進んでいる。
デジタル庁はデジタルとアナログで情報開示に差をつけない方針を掲げる。オンラインで非公開となった情報は紙の文書でも同じ扱いになる。
しかし、両者を使い分ける知恵も必要だ。個人情報は窓口のみで閲覧させる、閲覧者に厳格な本人確認を課す、といった方法もあるはずだ。
デジタル時代には、どのような制度がふさわしいか。公共性とプライバシー保護のバランスに目配りした丁寧な議論が欠かせない。