今年は5年に1度の年金財政検証の年だ。厚労省が人口推計や経済見通しをもとに将来の年金給付水準を計算し、年内に制度の改正案をまとめて翌年の通常国会で法改正する。「年金大改悪」が行なわれる年と言っていい。社会保険労務士の蒲島竜也氏が語る。
「国は“年金制度は安泰だ”と言い続けてきたが、年金財政の実情は少子高齢化で破綻寸前。厚生年金も国民年金も国庫からカネを負担してなんとか維持している。政策的には、現役世代が負担する保険料収入を増やし、受給者の年金額を減らす。その両方をやらないと制度を維持できないから、財政検証のたびに手を替え品を替え、負担増と年金カットをやってきたわけです」
蒲島氏によると、次の年金改正の主な柱は4つ。
【1】マクロ経済スライドの期間延長
【2】厚生年金75歳まで加入
【3】国民年金保険料支払い期間を45年に延長 【
【4】厚生年金の適用拡大 それぞれ誰にどんな改悪になるのか。
【改悪1】元サラリーマンは9年後に「夫婦で21万6000円」の年金減額
年金減額ルールの一つ、「マクロ経済スライド」には適用期限が定められている。
国民年金(厚生年金は基礎年金部分)は2047年度、厚生年金の報酬比例部分は2025年度までだ。2025年度からは、どんなに物価が上昇しても、報酬比例部分は減額されなくなるはずだった。ところが、今年の制度改正で報酬比例部分のマクロ経済スライド適用期間を8年間(2033年度まで)延長する議論が行なわれている。改正されると年金をいくら損することになるかを試算した。
厚労省の標準モデルでは今年4月からの夫婦の年金合計は年間約276万円(月額約23万円)。今後、マクロ経済スライドで毎年0.9%ずつ減額されたとしても、現行制度では夫の年金の報酬比例部分の減額は2025年度でストップするから、2033年度の支給額は最悪ケースでも現在価値に換算して約262万2000円までしか減らないはずだった。
だが、減額期間が8年間延長されると、これがさらに約254万4000円まで下がることになる。9年後には21万6000円も減るのだ(図参照)。減額期間の延長による10年間の損失総額は夫婦で約109万1000円にのぼる。
すでにリタイアした元会社員の年金世代を直撃する改悪だ。しかも、前出の蒲島氏は「それだけでは終わらない」と指摘する。 「今年の改正では8年延長が議論されているが、おそらく8年後には再び延長され、マクロ経済スライドによる年金減額はこの先ずっと続くと覚悟しておいたほうがいい」
年金制度見直しのたびに小出しに延長されていくと見ているのだ。
【改悪2】保険料は「払い損」、年金は「もらい損ね」になる厚生年金75歳まで加入
元気なうちは働きたいと考える高齢者は多い。「高齢社会白書(2023年版)」によると70歳以上の労働力人口は約532万人、4人に1人以上だ。
現行制度では70歳以降も会社で働く場合、厚生年金から外れ、保険料を払う必要はない。だが、今回の年金改革の2つ目の柱は、厚生年金の加入年齢を75歳まで延長するものだ。その間は給料から厚生年金保険料を徴収される。 実施されれば、年収300万円の人が70歳以降もさらに5年間、会社で働けば、支払う保険料は約137万円も増える。
「厚生年金は保険料を払い続ければ受給額も増える。それでも、シミュレーションすると元を取るのに18年くらいかかります。75歳まで加入したとして、その分を年金増額で取り戻せるのは93歳になる」(蒲島氏)
日本人の平均寿命は現在、男性約81歳、女性約87歳だ。75歳まで厚生年金に加入しても年金アップのメリットを受けるのは現実的ではない。
年金を受け取りながら働き続ける人にとっても注意が必要だ。在職老齢年金は給料と年金の合計が一定額を超えると年金の一部が支給停止される。この4月から支給停止の基準が合計50万円に引き上げられる。
年金をもらいながら75歳まで働けば、年金額は毎年増え続けるが、それにより基準にかかってせっかくの年金がカットされてしまうことになりかねない。この支給停止分は退職しても戻らない。
加入者にメリットがないのに、厚労省が厚生年金の加入年齢を75歳に引き上げようとするのはサラリーマンに「保険料をできるだけ長く、多く払わせる」ためとしか思えない。
【改悪3】60歳以降も国民年金保険料を払わせられる
今回の年金改正は目先の「保険料収入アップ」に力点が置かれている。国民年金の加入期間を現在40年(20~60歳)から65歳までの45年間に延長することも改革プランに盛り込まれている。この改悪は、自営業者や60歳の定年で雇用延長を選択せずに退職し、独立して個人事業主として働くことを考えているサラリーマンには打撃だ。
国民年金保険料は4月から2年連続で大幅値上げが決まっている。 加入期間が45年に延長されれば、支払わなければならない保険料は夫婦2人でざっと210万円も増える。
加入期間延長で年金受給額も増えることになるが、65歳で年金受給開始した場合、追加で支払う保険料分を年金増額分でカバーできる「損益分岐点」は10年受給した75歳になる。それ以降は年金アップのメリットが出てくることになる。
しかし、蒲島氏は懐疑的だ。 「物価上昇が続けば国民年金保険料も年々値上げされるから、保険料の負担額はこれからもっと大きくなる。一方の年金受給額は、マクロ経済スライドで毎年実質減額されていく。損益分岐点は75歳よりもっと先になるでしょう。政府の狙いとしては、保険料をできるだけ多く払わせて分岐点を先に延ばし、その間に年金受給開始年齢を70歳まで引き上げることを考えているのではないでしょうか」
【改悪4】「第3号被保険者」を“消滅”させる
パートの厚生年金加入もさらに拡大される。狙いはサラリーマンの夫に扶養され、パートで働きながら夫が厚生年金の保険料を負担しているため、自分で保険料を払わなくても65歳になれば国民年金の受給資格が得られる「第3号被保険者」を“消滅”させることだ。
今年10月から週20時間以上、月給8万8000円以上のパート(短時間労働者)の厚生年金加入義務化の対象が従業員51人以上の企業に拡大する。 厚労省はさらに、厚生年金強制加入の収入基準を月額5万8000円以上に拡大し、企業規模にかかわらず時短労働者の加入を義務化することを検討している。
「厚生年金に加入すれば勤務時間を気にせず働けるうえ、年金額も増える」 そう囁いて、第3号被保険者のパート妻を厚生年金に加入させて保険料を徴収しようとしているのだ。
だが、この制度改正には落とし穴がある。
これまで夫の第3号被保険者に残るために勤務時間を20時間未満、月給8万8000円未満に抑えていた50代のパート妻が、厚生年金に加入してフルタイムで働き、月給16万円にアップしたとしよう。
給料から天引きされる厚生年金と健康保険、介護保険などの社会保険料は月額約2万4000円。10年間働けば保険料の総額は約288万円になる。それに対して厚生年金の受給額は、第3号被保険者にとどまって社会保険料負担なしで国民年金を受給する時より年間ざっと11万円ほど多くなる。 支払う社会保険料を取り戻すには、25年近くかかる。65歳受給開始なら90歳前後だ。
サラリーマンの夫の扶養家族であれば負担する必要がなかった健康保険料などを考慮すると、第3号被保険者のパート妻の厚生年金加入は年金受給額の面でも決して得をしないことがわかる。
「パートで働く第3号被保険者は子供が手を離れた40代後半から50代の層が中心です。しかし、厚生年金に加入してバリバリ働き、自分の年金を増やそうと考えるのであれば、40歳前から25年くらい加入しなければ十分な年金額にはならない。50代前後の第3号のパート妻を強制加入させれば支払う年金額はそれほど増えずに、保険料だけはキッチリ取ることができるという考えでしょう」(蒲島氏)
だからこそ、政府はパートの厚生年金強制加入拡大に躍起になるのだ。 政府は賃上げラッシュを“隠れ蓑”に、「今が負担増を強いるチャンスだ」と国民生活をさらに苦しめる年金大改悪を進めている。
週刊ポスト2024年4月5日号
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