「上野も澄田(隅田)も此(この)次の日曜までは持つましなと聞くこそいとくちをしけれ」。執筆を終えてから花見に出かけようと考えていた樋口一葉が見ごろはまもなく終わると聞いてくやしがっている。1893年4月6日の日記だ
▲桜の開花から散るまでの期間は約2週間という。次の日曜は9日だったから3月下旬の開花だったのだろう。散るのが遅れるように花冷えの天候が続かないかと願う自分を怪しむ記述もある
▲「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」。桜がなければ心はもっとおだやかだったろうと古今和歌集に詠んだ在(あり)原(わらの)業平(なりひら)以来、日本人は桜の時期に心をかき乱されてきた。一葉もその一人だったわけだ
▲今年は業平や一葉の心情にうなずく人が多いのではないか。3月前半の暖かさで平年より早い開花が予想されていたが、その後の冷え込みでかなり遅れる見通しに変わった。例年より花見の予定が立てにくい
▲ようやく各地で開花ラッシュとなるようだ。昨日は名古屋や松江で開花宣言が出された。地球温暖化の影響で開花が早まる傾向にあったが、東京はこの10年で最も遅い開花宣言になる
▲新型コロナウイルス感染症の「5類」移行後、初めてのお花見シーズンである。二十四節気の「清明」に当たる4月4日から祝日連休になる中国では花見目当ての日本旅行が人気らしい。入学式まで残った桜の花をバックに記念撮影する光景が復活する地域も多そうだ。<初花に今年は告ぐること多し>岩岡中正