出会いの季節(2024年3月28日『熊本日日新聞』-「新生面」)

 春は別れと出会いの季節である。卒業や入学、就職、転勤。期待と不安が交錯してモヤモヤとしていた思い出に、桜の風景が重なる人も多いだろうか。小説の話だが、吉田修一さんの『横道世之介』(文春文庫)にも桜が登場するのにも桜が登場する

▼大学進学で上京した主人公の世之介。どこにでも桜が咲いていた古里を離れ、新宿で七分咲きの桜をまじまじと見上げる。「なるほど、これはたしかに美しい」。かばんには高校の卒業アルバムやいつも使っていた置き時計が入っている

▼設定は80年代後半のバブル最盛期。バイトにサークル活動、恋愛と、普通の大学生の暮らしが淡々と描かれ、数多くの出会いがある。いつの間にか東京に「行く」ではなく「帰る」と話す自分に驚き、生涯の仕事となるカメラとも出合う

▼さて、現実の世界ではどんな出会いが待っているのだろうか。熊本もようやく桜の開花宣言である。半導体景気に伴う地価と株価の上昇。さらに賃金も上向きとなれば世之介の時代とどこか重なるものの、好景気の実感はまだつぼみ程度か

▼物価高に学費の値上げ、仕送り額の減少などと、現代の若者たちの不安は少なくなかろう。生活苦に追い込まれ、バイト漬けの日々を嘆く声もある。現実の世界は厳しいけれど、未来に希望が抱けるような新しい生活であることを願う

▼小説に戻れば、1年後の春。世之介は桜並木の土手を歩いている。一輪だけ咲いた気の早い花を撮影し、ふと交際相手を思い浮かべる。出会いを重ねて大切な人が増えていく。

 

誰の人生にも温かな光を灯す、青春小説の金字塔。
1980年代後半、時はバブル真っただ中。大学進学のため長崎からひとり上京した横道世之介、18歳。自動車教習所に通い、アルバイトに精を出す、いわゆる普通の大学生だが、愛すべき押しの弱さと、隠された芯の強さで、さまざまな出会いと笑いを引き寄せる。
友だちの結婚に出産、学園祭でのサンバ行進、お嬢様との恋愛、そして、カメラとの出会い・・・。そんな世之介と、周囲にいる人たちの20年後がクロスオーバーして、静かな感動が広がる長編小説。
第7回本屋大賞第3位に選ばれた、第23回柴田錬三郎賞受賞作。
2013年、沖田修一監督で映画化されている。

 

解説

「悪人」「パレード」の吉田修一による青春小説を、「南極料理人」の沖田修一監督が映画化。1980年代を舞台に、長崎の港町から大学進学のため上京したお人好しの青年・横道世之介や、その恋人で社長令嬢の与謝野祥子らが謳歌した青春時代を、心温まるユーモアを交えながら描く。主人公の世之介に高良健吾、ヒロイン・祥子に吉高由里子ほか、池松壮亮伊藤歩綾野剛らが出演。劇団「五反田団」主宰の劇作家で小説家の前田司郎が共同脚本を担当( 映画.com)。

2012年製作/160分/G/日本
配給:ショウゲート
劇場公開日:2013年2月23日