桜が咲かなくなるって知ってる? 高知で開花宣言、東京、名古屋も間近 変わる「前線」、北上が過去のものに…(2024年3月25日『東京新聞』)

 
「サクラ前線は日本列島を南から順に北上していく」
このイメージが過去のものになりつつある。
 
満開となった桜並木=東京都杉並区、2022年3月

満開となった桜並木=東京都杉並区、2022年3月

23日、高知から始まった今年のソメイヨシノ開花宣言は、鹿児島よりも先に東京、名古屋などが続くと予想されている。
多くの人が待ち望むサクラの開花は近年、変化が起こっている。暖冬だった2020年には沖縄で満開とならず、九州で開花が遅れた。
専門家は「このまま地球温暖化が進めば、日本のサクラは一斉に開花するようになる」と推測する。
2100年ごろには「一部の地域ではサクラが咲かなくなる」と警鐘を鳴らす。千葉県や神奈川県の一部では、開花しても満開にならないと予想する。
これから、日本のサクラはどうなっていくのか。(デジタル編集部・戎野文菜、福岡範行)

◆複雑になるサクラ前線

サクラの開花予想を地図上に表す「サクラ前線」は近年、複雑な図形へと変化している。
気象情報会社のウェザーニューズが作成したサクラ前線の図をさかのぼってみた。同じ開花日を結んだ「等値線」が暖かい南側から順に北上していたのは、2000年代半ばごろまで。
ウェザーニューズが作成した2005年のサクラ前線の図(同社提供)

ウェザーニューズが作成した2005年のサクラ前線の図(同社提供)

ウェザーニューズが3月21日時点の予想を描いた2024年のサクラ前線の図(同社提供)

ウェザーニューズが3月21日時点の予想を描いた2024年のサクラ前線の図(同社提供)

2000年代後半からは、都市部で開花の早さが目立つようになった。今年の予想図でも東京や名古屋の周辺に早い開花を示す濃いピンクの地域がある。
ウェザーニューズ広報担当で気象予報士の中村好江さんは、複雑化の理由の1つとして「データが細かく取れるようになってきたので、より細かい表現ができるようになった」と話す。
ただ、それだけでは説明できない、サクラの開花自体の変化も起きている。

◆サクラが「寝ぼける」とは?

記録的な暖冬だった2020年は、東京で3月14日に開花した後、関東から九州にかけての地域で、ほぼ一斉に開花した。
鹿児島と新潟の開花日が同じ4月1日。鹿児島の満開は、史上最も遅い4月19日だった。
気温が上がれば、サクラは早く咲くだけではないのか。答えは、そう単純ではない。
花開いたサクラ=前橋市、2020年3月

花開いたサクラ=前橋市、2020年3月

「サクラの開花には花芽の休眠打破のための冬の寒さと、生長を促す春の暖かさがどちらも必要。この両者のバランスで開花時期が決まる」と中村さんは説明する。
サクラの花芽は前年の夏にできた後、一旦、生長を止めて「休眠」する。そして、冬の厳しい寒さに数十日間さらされると眠りから目覚める。これが「休眠打破」だ。
目覚めたサクラは開花に向けて花芽の生長を再開する。その後は暖かければ暖かいほど開花が早まる。
逆に、休眠打破が十分でないと、暖かくても開花は遅れる。「サクラのつぼみが寝ぼけているイメージ。だらだらと開花し、満開にならないこともある」という。

◆2100年には「咲かない」

「2100年のサクラ前線は、もう等値線として北上することはなく、日本の広範囲でほぼ一斉に開花する。九州や四国などでは、開花が遅れるか、咲かない地域も出てくる」
気象と植物の関係を研究する九州大名誉教授(気象学)の伊藤久徳さんはそう予測する。
伊藤さんらは、国連の気候変動に関する政府間パネルIPCC)が示した温暖化のシナリオを基にサクラ前線の予想図を作成した。
 
2100年までの20年間は、2000年までと比べて気温が2.5~3度上昇する想定だ。すると、次のような事象が起こる。
北日本では休眠打破に十分な寒さがあり、春は暖かくなるため開花が早まる
・西日本では休眠打破に十分な寒さとならないが、春は暖かいため、相殺されて平年並みとなる
この結果、日本の広範囲で一斉に開花すると結論付けた。
さらに、九州などでは休眠打破に十分な寒さとならない地域が増え、そもそも開花せずに、サクラの花が見られない場所も出てくると予想した。
 
ウェザーニューズが九州大地球惑星科学科資料を基に作成(同社提供)

ウェザーニューズが九州大地球惑星科学科資料を基に作成(同社提供)

◆東京が「最も早い」理由

2020年の「異変」で、もう1つ気になるのは、九州や四国よりも一足早く、東京で開花したことだ。
東京からサクラ前線がスタートするのは近年、増えている。2007年、08年や、17年、23年も先陣を切った。2000年より前は、1番手になることはあっても十数年おきで、頻度は少なめだった。
要因は、いくつか考えられる。
 
靖国神社で満開となったソメイヨシノの標本木=2021年3月

靖国神社で満開となったソメイヨシノの標本木=2021年3月

その1つは、東京の開花を判断する標本木、靖国神社千代田区)にあるソメイヨシノが高齢なことだ。一般的に樹齢を重ねたソメイヨシノは開花が早くなるという。
ただ、東京管区気象台の担当者は「標本木だけでなく、他に数本ある副標本木の開花状況も見ている」と話し、標本木の開花が特別早いわけではないと説明する。
他の要因には、都市の気温が郊外よりも高くなる「ヒートアイランド現象」の影響もある。気象台の担当者は「東京だけでなく、名古屋、大阪、広島といった都市で開花が早まっている」と語る。
 
首都圏では、ヒートアイランド現象の影響を受けにくいとされる銚子でも開花が早まる傾向があり、温暖化の影響もうかがえる。

◆変化は「象徴に過ぎない」

日本の気象条件だからこそ、毎年美しく花を咲かせるサクラ。だが将来、満開の光景を見ることができなくなるかもしれない。
伊藤さんは「春を代表するサクラがなくなれば、それにまつわる言葉、文化、行事もなくなる。大げさに言うとひとつの季節がなくなるということかもしれない」と危ぶむ。
さらに、「サクラの変化はひとつの象徴に過ぎない。これまでにないような豪雨や暑夏などもっと大変なこともすでに起こっている」と強調する。
気象の専門家として伊藤さんが訴えることは一つ。
「何としても温暖化を止めたい。それが私の心からの思いです」

2024年の開花予想
ウェザーニューズによると、2024年は銚子や静岡、鹿児島で休眠打破が鈍い。その分、同じエリアの他の地点に比べて、開花が遅くなる。
首都圏など3月中に咲く場所は、3月の寒の戻りの影響で、花芽の生長がゆっくり進み、開花予想は平年並み。
4月に開花する北日本では、3月中旬~4月の気温が平年よりも高い予想になっているため、開花が早まるという。