『ダブリン市民』などのアイルランド作家、ジェームズ・ジョイ…(2024年3月27日『東京新聞』-「筆洗」)

 『ダブリン市民』などのアイルランド作家、ジェームズ・ジョイスは借金取り撃退の名手だったと伝わる。返済を迫られると、ほんの少しだけ返す。あとは音楽や政治の話でうやむやにしてしまうのだそうだ

▼この方法にどれだけの効果があったか定かではないが、まるっきり返さないわけではなく、少しは返すというのがコツなのだろう。返す気のあることは「演出」できる

ジョイスの「撃退法」を思い出してしまった。自民党二階俊博元幹事長。党派閥の政治資金パーティー裏金事件を巡る政治責任を取るとして、次の衆院選に出馬しない意向を表明した

▼以前から引退説がささやかれていたとはいえ、不出馬が政治家にとっては大きな決断であることはひとまず認めよう。なれど裏金問題による政治不信の大きさを「借金」にたとえるなら不出馬だけでは「ほんの少し」返しただけにすぎまい

▼自身の秘書や二階派の元会計責任者が立件されている。政治責任を取るとおっしゃるのなら裏金づくりの経緯についてまずつまびらかにするのが筋だろう。不出馬とはいえ、肝心の真相の方がうやむやでは有権者の方は返すものを返してもらっていない気になる

▼不出馬表明を受け、自民党は二階さんへの処分を見送るという。こういう「裏取引」めいたやり方が世間の信用を失わせていることに自民党はまだ気が付かないらしい。